【結論】番組が誰を指すかは未発表ですが、後藤圭司さんの歩みをたどると恩人と呼べる人が7人います。当ブログの本命は中学の担任の先生です。
- 二十歳の同窓会では、同級生から揃って「早く諦めろ」と言われている
- 味方したのは中学の担任だけ。「先生は信じてるから、プロになった姿を見せて」
- 目標にしていた先輩が、自分の勝負用の自転車を後藤さんに譲っている
- ラストランの形を変えたのは、フットサル仲間のキャプテンだった
- オンエアは2026年8月24日(月) 22時54分から、日テレ
「Switch-背中を押してくれたあの人-」は、人生の分かれ道をつくった人物を当事者が振り返る番組です。
8月24日の主役は、元競輪選手で今は柔道整復師の後藤圭司さん。
気になるのは、その”あの人”が誰なのかという一点でしょう。
公開されている取材記事をあたったところ、候補が7人も見つかりました。
- 恩人候補7人の顔ぶれと、押した場面
- 担任の先生がかけた3つの言葉
- 先輩から届いた思いがけない荷物
- ラストランをやり直させた一言
【予想】7人のうち、番組が選ぶのはこの人
ここからは当ブログの予想です。
候補が多すぎると、かえって絞り込めなくなります。
そこで番組側の都合から逆に考えてみました。
先に本命を書くと、
中学時代の担任の先生だと予想します。
読みどころを5つに分けて説明します。
読みどころ1:番組が描くのは「瞬間」だから
番組の公式ページには、「大きなキャリアチェンジを遂げた人に注目し、その人の”人生を変えるスイッチ”となった瞬間を描く」と書かれています(日本テレビ)。
キーワードは瞬間。
候補7人のうち、その場で心が切り替わったとご本人が言い切っているのは、担任の場面ひとつだけです。
後藤さんの言葉は「この時、自分の中で、何かがはち切れました」でした。
読みどころ2:直前に「全否定」の場面が付いてくる
この一件には、映像向きのドラマがそろっています。
成人式の同窓会で、就職や進学が決まった同級生全員から「早く諦めた方がいい」と言われた、その直後の話なのです。
ご本人も当時を「完全にプータロー」だったと表現しています。
みんなが否定する中でひとりだけ肯定したという並びは、6分の枠にぴったり収まります。
読みどころ3:先生の言葉が番組の狙う視聴者に刺さる
公式ページは見てほしい相手を「自身のキャリアに不安を持つ人、転職したいが一歩を踏み出せない人」とはっきり書いています。
担任が伝えたのは、こんな内容でした。
「今頑張ることを続けたら、人生のどこかで挫折しそうになった時の強みになる」。
競輪に限った話ではなく、今の踏ん張りが別の場所で効いてくるという普遍的な励ましです。
番組が伝えたい中身とぴたり重なります。
読みどころ4:変化がはっきり数字に出ている
先生の言葉のあと、生活がまるごと変わりました。
それまでは練習の合間に普通に遊んでいたと正直に認めています。
そこから久松昇一選手のもとで、朝4時半スタート、午前だけで100キロ超という日課に切り替わりました。
半年後の試験の結果は合格ラインを2秒近く上回るタイム。
それまで6回連続で落ちていた試験です。
ビフォーアフターが数字で見える話は、短い尺ほど重宝されます。
読みどころ5:他の6人は時期が後ろすぎる
残りの候補を並べると、大半がプロになった後の出来事です。
加倉選手はS級へ上がる場面、奥さまとキャプテンは引退の前後、桜井和寿さんと安岡優さんは引退後の仕事につながる話。
番組の主題が転職そのものなら引退寄りが濃厚ですが、“人生を変えるスイッチ”という言い回しなら、プロになれるかどうかの瀬戸際のほうが重みがあると考えました。
ここから先はただの想像です。
6分番組なので出てくるのは1人か2人でしょう。
担任の先生と、最後のレースを走らせたキャプテンを前後半で分ける構成も考えられます。
ここまではすべて当ブログの予想です。
番組が誰を取り上げるかは発表されていません。
今回挙げた7人は過去の取材記事に出てくる方々で、番組が同じ人を選ぶとは限りません。
恩人候補7人をまとめると
ひとまず全員を並べてみます。すべて後藤さんご本人が語った内容です。
| お相手 | 押してくれた場面 | その後どうなったか |
|---|---|---|
| 中学の担任 | 6連敗で無職だった二十歳ごろ | 8度目で競輪学校に受かる |
| 久松昇一 選手 | 合格前の猛練習を見てくれた | 合格ラインを2秒上回る |
| 加倉正義 選手 | 気の抜けたA級時代 | 27歳でS級へ昇格 |
| 奥さま | 出場停止の1カ月/35歳の上京 | アルバイト経験と夜間学校へ |
| フットサル仲間のキャプテン | 落車したまま辞めようとした時 | 走り切ってから引退 |
| 桜井和寿さん・GAKU-MCさん | MIFAの立ち上げ | 整骨院のオープン |
| ゴスペラーズ 安岡優さん | フットサル中の肉離れ | ライブ帯同の仕事が生まれる |
こうして眺めると、後藤さんの人生は数年ごとに誰かの言葉で向きを変えています。
ご本人が「きっかけをくれるのは、人との出会いなんです」と語るのも、うなずける話です。
ちなみに後藤さんが今トレーナーとして帯同しているアーティストの音源は、通販でも探せます。
放送をきっかけにそちらが気になった方はこちらからどうぞ。
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担任の先生がかけた3つの言葉
本命に挙げた場面を、細かく追ってみます。
後藤さんが競輪学校の試験を受け始めたのは高校3年のとき。
試験は年に2回あり、卒業後の2年間も含めて6回すべて不合格でした。
長い距離では成績が出るのに、競輪に必要な短い距離では合格タイムに届かない。
身体が細く、瞬発力を生む速筋が少なかったことが理由でした。
ここで、8回の挑戦を時系列で整理してみます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 17歳(高3) | 競輪学校の試験に初挑戦 |
| 高3〜卒業後2年 | 年2回のペースで受け続け、通算6回不合格 |
| 二十歳の成人式 | 同窓会で同級生から「早く諦めた方がいい」 |
| その直後 | 中学の担任だけが応援。久松昇一選手に師事し猛練習へ |
| 半年後・8回目 | 合格ラインを2秒近く上回り合格(20歳) |
| 1年後 | 学校を終え、静岡支部の登録選手として21歳でデビュー |
同窓会で全員に否定された後藤さんに対し、中学の担任だけは違いました。
この先生は、競輪をやるために遠くの高校へ進んだ後藤さんを気にかけ続け、高校時代の成績を新聞などでチェックしていたそうです。
先生が伝えたのは、次の3つでした。
- 「簡単なことではないと思うけど、小学生の頃から今まで好きで続けているなら、絶対にプロになれるよ」
- 今の頑張りは、人生のどこかで挫折しかけた時の強みになる
- 「先生は信じてるから、プロになった姿を見せて」
この瞬間を後藤さんは「自分の中で、何かがはち切れました」と表現しています。
それまでは練習の合間に遊んでいたけれど、本気の人はその時間も練習に使っていると本当は分かっていた、とも打ち明けています。
先輩から届いた、勝負用の自転車
2つ目の山場は、プロになってからやってきます。
デビューはB級から。優勝できなくても評点でA級へ上がれてしまい、それでも年収は1000万円を超えていました。
「プロになること」自体がゴールだったため気が緩み、練習は午前で切り上げ、午後は自由時間という日々が数年続いたそうです。
そんな折、合宿で加倉正義選手と顔を合わせます。
学生の頃、特別競輪で忍者のようにすり抜けていく走りを見て憧れた選手でした。
教官から「タイプが似ている」と言われたこともあり、ずっと目標にしていた人です。
ろくに練習していない今の自分を見せるのは気まずい。
そう思う後藤さんに、加倉選手は丁寧に教えてくれました。
そして合宿から数日後、加倉選手が試合で使っていた自転車が届いたのです。
荷物に添えられていたのは、「これに乗って頑張れ、また一緒に練習してくれたら嬉しい」という言葉でした。
後藤さんはこう記しています。
「この人の自転車に乗るなら、その名に恥じないレースをしたい」。
ふたたび朝4時半に起きる生活に戻り、アマチュア時代の倍の量をこなすようになって、27歳でS級に届きました。
ラストランをやり直させた一言
幕引きの場面にも、押してくれた人がいます。
整骨院を開いた後もレースには出ていましたが、落車で腕が上がらなくなるほどの大ケガを負います。
このとき「頑張って命をかけて何になるんだろう」という気持ちになり、そのまま辞めるつもりでいました。
ところが、その話を聞いたフットサルチームのキャプテンがこう返します。
「最後のレースが落車って嫌じゃない?」
順位は最下位でもいいから、走り切って終わったほうがいいのでは、という意味でした。
後藤さんは納得してトレーニングをやり直し、もう一度レースに出ます。
そして2014年9月29日、きちんとゴールして引退しました。
ゴールした瞬間の感想は「出てよかったな」だったそうです。
勘違いしやすいところ
| ありがちな読み違い | 実際に確認できること |
|---|---|
| 番組の「あの人」は担任で決まり | 未発表です。この記事は候補の整理にすぎません |
| 担任の先生の名前が分かる | お名前は公表されていません |
| 励まされてすぐ受かった | 言葉のあとに半年の猛練習があってからの合格です |
| 加倉選手が師匠 | 指導したのは久松昇一選手。加倉選手は憧れの先輩 |
| ケガでそのまま引退 | キャプテンの一言でもう一度走ってから引退しました |
よくある質問
Q1. 番組に出る「あの人」は誰なのですか?
放送前の段階では公表されていません。
番組サイトの「NEXT STORY」の欄にも、8月24日の回の中身は載っていませんでした。
この記事の7人は、あくまで過去の取材記事から拾った方々です。
Q2. 加倉正義さんはどういう選手でしたか?
後藤さんが学生の頃から憧れていた競輪選手です。
特別競輪で忍者のようにすり抜けていく走りに衝撃を受けたと語られています。
後藤さんいわく「激しい競技スタイルとは裏腹に、とても優しい人でした」。
Q3. 試験は何回目で受かったのですか?
8回目です。
初挑戦は高校3年の17歳。
合格したのは20歳で、学校で1年学んだのち21歳でプロデビューしました。
Q4. 奥さまはどんなふうに支えたのですか?
語られているのは2つの場面です。
ひとつは1カ月の出場停止のとき、近所の自転車屋さんで働くよう勧めたこと。
もうひとつは子どもを東京で育てたいという希望で、35歳の上京につながりました。
上京後もいろいろな人に会うことを勧めています。
Q5. 桜井和寿さんとのつながりは?
後藤さんの整骨院がある新豊洲MIFA Football Parkは、Mr.Childrenの桜井和寿さんとラッパーのGAKU-MCさんが中心になって立ち上げた場所です。
現在は桜井さんのボディトレーナーとしてライブに同行しています。
Q6. 放送時間を教えてください
2026年8月24日(月)22時54分から23時00分、日本テレビです。
ナレーションは中村悠一さんが担当します。
まとめ
後藤圭司さんの歩みには、恩人と呼べる人が7人登場します。
とりわけ強いのは、周囲全員に諦めろと言われた二十歳の頃に「先生は信じてるから、プロになった姿を見せて」と言ってくれた中学の担任です。
憧れの加倉正義選手が勝負用の自転車を譲ってくれたこと、フットサル仲間の「最後のレースが落車って嫌じゃない?」という一言も、大きな曲がり角でした。
答え合わせは2026年8月24日(月)22時54分からの日本テレビ「Switch」で。

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