【結論】サニー・フランシスさんの強みは出身国ではなく、関西で30年しゃべり続けてきた実績にあります。
- 1964年7月1日生まれ、インド・ケララ州の出身
- 来日は1986年。今年で日本生活40年
- 1995年からFM COCOLOのDJ
- 『ここがヘンだよ日本人』に3年半出演
- 妻は台湾出身。1男2女がいる
- サニーさんの本当の強みは何かという予想
- インドでの生い立ちと来日の経緯
- これまでの出演番組
- 「ニッポンのSHOKUNIN」での役どころ
「ニッポンのSHOKUNIN」という番組で、兵庫県の職人を訪ね歩いているサニー・フランシスさん。
1990年代後半にTBS系『ここがヘンだよ日本人』を見ていた人なら、あの人かとすぐ分かるはずです。
当時は辛口の発言で知られていました。
あれから25年以上。今も現役です。
【予想】強みは「インド人であること」ではない
ここからは編集部の予想です。
言い切ります。
サニーさんが今も仕事を続けられている理由は珍しさではなく、関西の放送局で30年しゃべってきた蓄積だと予想しています。
根拠を5つ挙げます。
根拠1:ラジオの生放送を1996年から任されている
1995年10月開局のFM COCOLOでDJオーディションに合格。
最初はヒンディー語番組でしたが、翌1996年には日本語での生放送を担当するようになりました(Wikipedia)。
生放送は見た目の物珍しさが1ミリも効かない現場です。
ここで30年続いていること自体が実力の証明だと見ます。
根拠2:2時間の生番組を仕切っていた
2001年には金曜23時〜土曜1時の生放送『SUNNY DONBURI』を担当しています。
ゲスト枠ではなく、枠そのものを預けられる立場でした。
日本語の運用能力が相当高くなければ成立しません。
根拠3:報道番組のコメンテーターをしている
2007年10月からは関西テレビ『FNNスーパーニュースアンカー』に不定期コメンテーターとして出演。
その後もサンテレビの情報番組で月に1〜2回のペースでコメンテーターを務めています。
バラエティなら「変わった人」で通りますが、報道でそれは通りません。
意見を求められる立場に移れた点が決定的だと予想します。
根拠4:全国区の番組が終わっても残った
『ここがヘンだよ日本人』は1998年放送開始で、サニーさんの出演は3年半でした。
番組が終われば消える人も多い世界です。
ところがサニーさんはその前から関西に基盤を持っていました。
全国区は上乗せであって、土台ではなかったわけです。
根拠5:番組の作り方を学校で学んでいる
来日後、日本語学校を出たあとに進んだのは大阪ビジュアル・コミュニケーション専門学校の映像学科でした(1988年入学・1990年卒業)。
タレント志望というより制作を学ぶ選択です。
『ここがヘンだよ日本人』でも「自身の発言が実際の放送でどれだけ残るか」に苦心していたとされ、編集の理屈を分かっていた様子がうかがえます。
ここまでは公開情報からの予想です。本人に確認したものではありません。
プロフィールと生い立ち
| 本名 | アラパト・ジョシ・フランシス |
| 生年月日 | 1964年7月1日 |
| 生まれ | 南インド・ケララ州トリチュール市 |
| 育ち | 西インド・グジャラート州アフマダーバード |
| 家族構成 | 男4人兄弟(長女は早世) |
| 父 | クリスチャン。月給600ルピーの工場労働者 |
| 来日 | 1986年4月4日 |
| 現住 | 神戸市(日本の永住ビザを取得) |
「インド出身」と紹介されますが、生まれた州と育った州が違います。
1歳でケララからグジャラートへ移っており、母国語はマラヤーラム語、第二言語がヒンディー語です。
大学はL.D.Arts大学の英文科を3年で卒業。
その翌月には日本にいたという展開の速さです。
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主な出演番組
これまでの活動を媒体別に並べると、関西中心であることがよく分かります。
| 番組 | 放送局 | 備考 |
|---|---|---|
| ここがヘンだよ日本人 | TBSテレビ | 1998年〜。3年半レギュラー |
| ニッポンのSHOKUNIN | サンテレビ | 兵庫県内の職人を訪ねるロケ企画 |
| FNNスーパーニュースアンカー | 関西テレビ | 2007年10月〜 不定期コメンテーター |
| ゆうがたLIVEワンダー | 関西テレビ | 木曜コメンテーター |
| スゴ〜イデスネ!!視察団 | テレビ朝日 | 2014年4月〜 |
| SUNNY DONBURI | FM COCOLO | 2001年/金23時〜土1時の生放送 |
ほかにも『たかじん胸いっぱい』『痛快!エブリデイ』『ぐるっと関西』など、関西の番組に幅広く出演してきました。
映画では2004年の『リアリズムの宿』(山下敦弘監督)で劇場公開作に初出演しています。
意外な素顔
- お酒が飲めない下戸
- 泳げない(かなづち)
- イカ・タコ・納豆が苦手
- 特技はテトリス
- 免許はあるが「助手席エキスパート」
近年の愛称は「マラやん」。
MBSラジオの番組で斉藤雪乃さんがそう呼んだのを、別のラジオ番組で八塚彩美さんが取り上げたのが始まりだそうです。
ラジオを始めたきっかけも偶然でした。
来日半年ほどの頃、通っていた日本語学校にラジオ局から問い合わせが入り、教師に勧められて出演したのが最初です。
Q&A
Q1. 年齢は?
1964年7月1日生まれです。2026年8月時点で62歳にあたります。
Q2. なぜ日本に来たのですか?
大学の先輩に誘われたことがきっかけと伝えられています。1986年3月にL.D.Arts大学英文科を卒業し、翌月の4月4日に来日しました。
Q3. 家族は?
1995年に台湾出身の女性と結婚し、1男2女がいます。奥さんも留学生として来日した人で、YMCAの劇団の後輩にあたるそうです。
Q4. テレビ初出演は?
1988年の『東芝日曜劇場 恋していました』です。インド人の弁護士役とパキスタン人の犯罪者役の二択で、強制送還されるパキスタン人の犯罪者役を選んだと記録されています。
Q5. 「ニッポンのSHOKUNIN」とは?
兵庫県内の職人を取材するロケ企画です。サニーさんがリポーターを務め、伝統工芸に携わる職人や新しい分野に挑む職人をインド人目線で伝えるという趣旨で作られています。
Q6. 飲食店をやっているのですか?
2007年8月8日から神戸市灘区でインド料理と台湾料理を出す店を経営していたとされています。ただし現在も営業しているかは確認できませんでした。訪問前に最新情報をご確認ください。
これからどうなりそうか
「外国人が日本の伝統を見る」という企画は、今後さらに増えると予想します。
訪日客が増えるほど、その視点の需要は高まるからです。
ただし、その役をこなせる人は多くありません。
日本語で生放送を回せて、報道でコメントもできて、地域の事情も分かっている——この3つを備えた外国出身のタレントは希少です。
訪日40年という年月が、そのまま競争力になっている形です。
まとめ
サニー・フランシスさんは1964年7月1日生まれ、インド・ケララ州出身の俳優・ラジオパーソナリティ。
本名はアラパト・ジョシ・フランシスです。
1986年に来日し、日本語学校と映像の専門学校を経て活動を開始。
『ここがヘンだよ日本人』での3年半が全国的な知名度をもたらしました。
ただ本当の土台は関西のラジオと報道番組にあります。
「ニッポンのSHOKUNIN」では、その語りの技術が職人相手に向けられています。

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