ラジオ体操の由来はアメリカの保険会社|3つの歌の変遷とかんぽ生命が主催する理由

    本記事はプロモーションを含みます。

    【結論】ラジオ体操の原型は、1925年にアメリカの生命保険会社が放送した健康体操です。日本へは簡易保険の事業として持ち込まれました。

    X (formerly Twitter)
    ラジオ体操【かんぽ生命】 (@radio_kampo) on X ✏ラジオ体操出張授業レポート 今回は長野日本大学小学校! 普段から幼稚園~高校の生徒や 地域の方と #ラジオ体操 をして交流しているそう✨ 一体感のある体操で ラジオ体...
    • 原型はアメリカの生命保険会社が始めたラジオ健康体操
    • 日本での放送開始は1928年11月・朝7時から
    • 「ラジオ体操の歌」はこれまでに3曲作られている
    • かんぽ生命が主催するのは簡易保険が出発点だから

    毎朝流れているラジオ体操ですが、誰が何のために作ったのかまで知っている人は多くありません。生命保険会社が主催している点を不思議に思った方もいるはずです。

    この記事では、ラジオ体操の由来と、3度作り替えられた「ラジオ体操の歌」の変遷、そしてかんぽ生命が主催を続ける理由までを、公表資料をもとに整理します。

    目次

    【考察】ラジオ体操の由来はアメリカ|日本で定着した理由は「保険と郵便局」だと予想

    ここからは編集部の予想です。

    結論を先に書きます。ラジオ体操が日本にだけ根づいたのは、体操の中身が優れていたからではなく、保険事業と郵便局という配り方の仕組みがあったからです。同じ発想はアメリカにもありましたが、あちらでは広告番組として終わりました

    理由1:発案したのが保険の事業側だった

    日本のラジオ体操は、逓信省の簡易保険局が中心となって制定されました。1928年9月に日本放送協会や文部省の協力で旧ラジオ体操第一が作られ、同年11月に東京中央放送局から放送が始まっています(かんぽ生命保険)。

    保険を扱う側にとって、加入者が健康でいることは事業の安定に直結します。健康増進が本業と一致していた点が、単発の企画で終わらなかった最大の理由だと私は考えています。国営の簡易保険事業が始まったのは1916年で、体操の話が出る12年前から下地がありました。

    理由2:郵便局のネットワークが配り手になった

    放送だけでは、動きは伝わりません。ラジオ体操の振り付けは郵便局員が全国に周知して回ったとされています(ウィキペディア)。全国に支店網を持つ組織が実演して回れば、普及の速度は放送任せとは比べものになりません

    いまも夏期巡回ラジオ体操の主催にかんぽ生命保険・NHK・NPO法人全国ラジオ体操連盟が並び、共催に日本郵便が入っています(かんぽ生命保険)。100年近く前の構図が、ほぼそのまま残っている形です。

    理由3:定着するまで手を入れ続けた

    3つ目の根拠が、作り替えの多さです。体操そのものが3代、歌にいたっては3曲作られています。1946年の新ラジオ体操は難しすぎて1年で中止になり、1951年に作り直されました。

    失敗をそのままにせず、「難しかったから作り直す」という判断を繰り返したことが、いまの分かりやすさにつながっています。良いものを作って終わりにせず、続くまで直し続けた。ここがアメリカの広告番組との分かれ目だったと読んでいます。

    歌の作り替えも同じ発想です。初代から3代目まで、作詞・作曲をすべて別の顔ぶれに入れ替えています。曲を変えることは、覚え直しを聞き手に求めることでもあります。それでも踏み切ったのは、覚えてもらえるかどうかを最優先に置いたからだと考えています。

    ここまではあくまで予想であり、断定ではありません。年表や制定年は公表資料に基づいていますが、定着の理由をどう読むかは編集部の見立てです。

    ラジオ体操の由来と日本へ入るまで

    かんぽ生命が公開している年表では、1925年3月に「ラジオ放送による健康体操がアメリカの生命保険会社で行われる」と記されています(かんぽ生命保険)。健康増進と衛生思想の普及を目的とした番組で、メトロポリタン生命保険会社が手がけたとされています。

    これを日本に紹介したのが、逓信省簡易保険局の猪熊貞治氏です。『逓信協会雑誌』に論説を発表し、ラジオを使った体操事業を国内へ持ち込みました。

    出来事
    1916年逓信省が国営の簡易保険事業を開始
    1925年3月アメリカの生命保険会社がラジオ健康体操を放送
    1928年9月簡易保険局を中心に旧ラジオ体操第一を制定
    1928年11月東京中央放送局から放送開始(朝7時から)
    1929年2月全国放送となる
    1951年5月現在のラジオ体操第1を制定

    放送開始が朝7時からだった点は、いまの6時30分と比べると意外に感じるところです。当初の名称も「ラジオ体操」ではなく国民保健体操でした。

    ▼ 歴史や体操の内容をまとめた書籍も出ています。

    ※取扱いは時期によって変わります。内容はリンク先でご確認ください。

    「ラジオ体操の歌」は3曲ある

    朝の放送で流れる「新しい朝が来た」で始まるあの歌は、3代目にあたります。これまでに作られた3曲は次のとおりです。

    発表作詞作曲
    1931年7月小川孝敏堀内敬三
    1951年9月脇太一大中恩
    1956年3月藤浦洸藤山一郎

    現在使われているのは1956年発表の3代目で、作曲は歌手としても知られる藤山一郎です(かんぽ生命保険)。70年近く同じ曲が使われている計算になります。

    歌が流れるのは朝の放送のみです。平日の日中の枠では歌が入らないため、「昼に聞いたら歌がなかった」と感じるのはこのためです。

    体操そのものだけでなく、歌も3度作り替えられてきた点が、ラジオ体操の歴史の特徴です。

    なぜかんぽ生命が主催しているのか

    生命保険会社がラジオ体操を主催していることに、違和感を持つ方は少なくありません。答えは出発点が簡易保険だったからです。

    1916年に逓信省が始めた国営の簡易保険事業が、そのまま今日のかんぽ生命保険につながっています。制定時から一貫して、保険事業の側が旗を振ってきたという流れです。

    途中では所管も動いています。1938年1月に簡易保険事業が厚生省へ移管され、1942年11月に逓信省へ戻りました。戦時下でも事業として残り続けたことが、戦後の再開につながっています。

    いまの体制
    • 主催:かんぽ生命保険/NHK/NPO法人全国ラジオ体操連盟
    • 共催:日本郵便
    • 全国ラジオ体操連盟の創設は1962年3月
    • 1000万人ラジオ体操祭は1962年10月に開始

    中断していた時期がある

    ラジオ体操は、放送開始から一度も途切れずに続いてきたわけではありません。2度の中断があります。

    1度目は1945年8月15日です。終戦とともに旧ラジオ体操が中止され、8日後の8月23日に再開されています。

    2度目が長く、影響も大きいものでした。1946年4月に新しいラジオ体操が第1から第3まで制定されましたが、動きが難しく普及しないまま1947年8月に放送が中止となります。ラジオ体操が電波から消えた状態は、1951年5月に現在の第1が制定されるまで続きました。

    約4年の空白を経て作り直されたのが、いま毎朝流れている体操です。「誰でもできること」に主眼が置かれたのは、この中断の反省が背景にあります。

    Q&A

    Q1. ラジオ体操はどこの国が発祥ですか?

    原型はアメリカです。1925年にアメリカの生命保険会社が、健康増進を目的にラジオで健康体操を放送していました。ただし現在の第1・第2は日本で作られた体操で、いまの形になったのは日本という整理が正確です。

    Q2. 日本で放送が始まったのはいつですか?

    1928年11月、東京中央放送局からの放送が最初です。当時は朝7時からで、名称も国民保健体操でした。翌1929年2月に全国放送となっています。

    Q3. ラジオ体操の歌の作曲者は誰ですか?

    現在流れている3代目は、藤浦洸作詞・藤山一郎作曲で1956年3月に発表されました。初代は1931年7月の小川孝敏作詞・堀内敬三作曲、2代目は1951年9月の脇太一作詞・大中恩作曲です。

    Q4. なぜ保険会社が関わっているのですか?

    制定した組織が逓信省の簡易保険局だったためです。国営の簡易保険事業が現在のかんぽ生命保険につながっており、主催者としての立場もそのまま引き継がれています。加入者の健康増進が事業目的と重なる点も背景にあります。

    Q5. 名前が「国民保健体操」から変わったのはなぜですか?

    正式名称として発表されたのが国民保健体操で、ラジオで放送される体操という呼び方が定着した結果、ラジオ体操の名で広まりました。放送を通じて広がった体操であることが、そのまま名前になった形です。

    Q6. 記事内の考察は公式見解ですか?

    いいえ。【考察】の見出しがついたセクションは編集部の予想で、かんぽ生命やNHKの見解ではありません。年表や人名は公表資料に基づいていますが、定着した理由の読み方は予想として扱ってください。

    今後の見通し

    2028年には、日本での放送開始から100年を迎えます。1978年の50周年では記念の1000万人ラジオ体操祭が明治神宮外苑で開かれており、節目の年には大きな催しが組まれてきました。

    近年は健康効果に関する研究の発表も続いています。歴史の話だけでなく、介護予防の文脈で語られる場面が増えていくと見ておくのが自然です。

    体操や歌が今後も作り替えられるかは分かりません。ただ、これまで3度作り直してきた歴史を踏まえると、時代に合わせて手を入れる可能性は残されています。

    まとめ

    ラジオ体操の由来は、1925年にアメリカの生命保険会社が放送した健康体操です。これを逓信省簡易保険局が日本へ持ち込み、1928年11月に東京中央放送局から放送が始まりました。

    「ラジオ体操の歌」は1931年・1951年・1956年の3曲が作られ、いま流れているのは3代目です。歌が入るのは朝の放送だけという点も、覚えておくと放送を聞くときの見え方が変わります。

    かんぽ生命が主催を続けているのは、出発点が国営の簡易保険事業だったためです。100年近く前の座組みが、いまも夏の巡回体操会に残っています。

    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    コメント

    コメントする

    CAPTCHA


    目次