【結論】動画が「暴言連発でイエローカード」と紹介した2011年のチャリティーマッチの警告は、日本サッカー協会の公式記録では理由が「ラフ」と記されています。
@user3312609376126 日本代表歴代ヤンキー3位
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- 「日本代表歴代ヤンキー」は投稿者のランキングで、闘莉王は3位
- チャリティーマッチでは86分に警告、その前にカズのゴールをアシスト
- ドログバの負傷はW杯初戦10日前の国際親善試合
- オウンゴールの映像は先制点も決めたイングランド戦
- 動画の主張と公式記録の早見表
- 2010年W杯直前の時系列
- ドログバの件について本人が語ったこと
- 公式記録の警告欄の読み方
「日本代表歴代ヤンキー」と題したランキング動画で、
3位に挙げられたのは田中マルクス闘莉王でした。
動画は「世界サッカー史に名を残す悪童」と強い言葉で紹介していますが、
その根拠として並べられた場面は、いつ、どの試合のものなのかが説明されていません。
そこでこの記事では、日本サッカー協会が公開している公式記録を軸に、
動画の一つひとつの場面を日付つきで確かめていきます。
順位はあくまで投稿者の主観で、公式の評価ではありません。
【考察】闘莉王の「荒さ」は代表キャリアの汚点だったのか?記録が示すのは守備の要としての重み
ここからは編集部の予想です。
私の答えは、
汚点ではなく、荒さと決定的な仕事が同じ試合の中に同居していた選手だというものです。
動画は荒っぽい場面だけを切り取っていますが、同じ試合の記録を全部見ると印象が変わります。
根拠は3つです。
根拠1:騒動の10日後、W杯本番でもセンターバックを務めベスト16へ
まず6月4日の試合そのものでも、闘莉王は15分に警告を受けながら交代せず、最後までピッチに立っています(日本サッカー協会 公式記録)。
2枚目の警告で退場になる危険がある中でも、結果として守備の中心はそのまま任され続けたことになります。
そのドログバ負傷の試合が2010年6月4日、W杯初戦のカメルーン戦は6月14日でした。
日本は1-0で勝ち、最終的にベスト16まで進んでいます(日本サッカー協会)。
闘莉王は中澤佑二とセンターバックを組み、決勝トーナメント進出に貢献したと報じられています(フットボールチャンネル)。
世界中から批判を浴びた直後でも守備の柱から外されなかったことが、監督からの信頼の大きさを物語ると私は読みます。
根拠2:DFなのに代表43試合8得点、問題のイングランド戦でも先制点
闘莉王の国際Aマッチ通算は43試合8得点です(サッカーダイジェストWeb)。
動画が「綺麗すぎる」と取り上げたオウンゴールの試合でも、
前半7分に先制点を決めていました(ゲキサカ)。
オウンゴールだけが切り取られがちですが、同じ試合で先制点も決めていたことを並べると、点を取れる守備者という本来の価値が見えてきます。
根拠3:警告を受けたチャリティーマッチは、カズのゴールの起点でもあった
2011年3月29日の試合の公式記録には、
82分のカズの得点に闘莉王(背番号4)のヘディングが関わったことと、
86分の闘莉王の警告が並んで記されています(日本サッカー協会 公式記録)。
4分の間に最高の見せ場と警告が両方ある。これがこの選手らしさで、
本人も後に「しっかり練習できれば、ザッケローニの代表に勝てるんじゃないかという自信もあった」と語っています(フットボールゾーン)。
勝ちにこだわる姿勢が、そのまま荒さにも見えるのだと私は考えます。
震災から18日後の慈善試合でさえ手を抜かなかったことが、動画の投稿者にも好意的に受け止められている点は見逃せません。
この考察は記録と報道から組み立てたあくまで予想で、ランキングの選定理由を断定するものではありません。
動画の主張と記録の早見表
| 動画の主張 | 日付・試合 | 判定 |
|---|---|---|
| 当時のプレミア得点王の腕を折る | 2010年6月4日 日本0-2コートジボワール | 負傷は事実。故意かどうかは本人が否定 |
| 若手に檄を飛ばす | 不明 | 試合・日付を特定できず |
| 接触後の肘打ち | 不明 | 試合を特定できず |
| 暴言連発でイエローカード | 2011年3月29日 チャリティーマッチ | 警告は事実。記録上の理由は「ラフ」 |
| ダイビングヘッドのオウンゴール | 2010年5月30日 日本1-2イングランド | オウンゴールは事実 |
5つのうち3つは日付まで特定でき、残る2つは映像からは試合を割り出せませんでした。
特定できない場面については、裏付けが取れていないものとして扱います。
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2010年W杯直前の時系列
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 5月30日 | グラーツでイングランドと対戦。闘莉王が前半7分に先制点、後半27分にオウンゴール。日本は1-2で敗戦 |
| 6月4日 | シオンでコートジボワールと対戦。13分に闘莉王のオウンゴール、15分に闘莉王が警告、17分にドログバが交代。日本は0-2で敗戦 |
| 6月14日 | W杯初戦。日本はカメルーンに1-0で勝利 |
| 6月29日 | 決勝トーナメント1回戦でパラグアイと0-0、PK戦3-5で敗退。ベスト16 |
5月30日の試合は報道(ゲキサカ)、
6月4日の試合は日本サッカー協会の公式記録(公式記録)に基づいています。
イングランド戦のオウンゴールは、ジョー・コールのクロスをニアサイドでクリアしようとしたヘディングだったと報じられています。
動画の「ダイビングヘッド」は、その映像に付けられた投稿者の表現です。
ドログバの件、本人と当時の監督は何を語ったか
ドログバは2009-10シーズン、プレミアリーグで29得点を挙げて得点王になっていました(プレミアリーグ公式)。
その主将が闘莉王との接触で右腕を骨折したと、当時の報道は伝えています(フランス通信社)。
闘莉王本人は後に自身の番組で、「あんなのわざとじゃないに決まっている。本当に申し訳ない」と振り返りました。
批判が殺到したことについては「ちょっと精神的にいかれました」とも明かしています(フットボールゾーン)。
当時の岡田武史監督も、ドログバに「練習試合」の相手として声をかけた経緯を振り返っています(コリー)。
動画の「練習試合」という言い方は、こうした語られ方と重なります。
公式記録の警告欄の読み方
日本サッカー協会の代表戦の公式記録には、「警告・退場」欄があります。
2011年3月29日の記録では、次のように書かれています。
- 63分:ハーフナー・マイク(警告・理由「ラフ」)
- 86分:田中マルクス闘莉王(警告・理由「ラフ」)
- 試合は日本代表2-1Jリーグ選抜、観客4万613人、大阪長居スタジアム
公式記録の理由欄には「ラフ」と記載されています。
そのため記録からは、プレーの激しさで警告を受けたことが分かりますが、
動画が言う「暴言連発」があったかどうかは確認できません。
切り抜き動画を見るときは、こうした一次記録の言葉と照らし合わせると、紹介文との違いに気づけます。
よくある疑問
Q1. チャリティーマッチで闘莉王はどちらのチームでしたか?
Jリーグ選抜側です。当時は名古屋グランパスの所属で、背番号4のDFとして先発しフル出場しました。
監督は当時名古屋を率いていたストイコビッチ氏で、主将は中澤佑二でした。
Q2. ドログバはW杯に出られたのですか?
負傷直後には、エリクソン監督が「W杯でプレーできるかどうかは分からない」と話したと報じられました(フランス通信社)。
その後は患部を保護して本大会に出場し、ブラジル戦でゴールを決めたと報じられています(コリー)。
Q3. 闘莉王は1試合で何点オウンゴールをしたのですか?
1試合で複数ではありません。5月30日のイングランド戦で1点、6月4日のコートジボワール戦で1点です。
イングランド戦では中澤佑二もオウンゴールを記録し、2本とも相手の得点になりました。
Q4. 闘莉王はいつ引退したのですか?
2019年12月1日に、京都サンガ所属のまま38歳で現役引退を発表しました。
浦和でJ1優勝、名古屋でもJ1優勝を経験し、2003年10月に日本国籍を取得しています。
Q5. 冒頭の考察は確かな情報ですか?
いいえ、編集部の予想です。
公式記録と報道をもとにした読み解きで、投稿者がどんな理由で順位を付けたのかは明らかにされていません。
この記事のポイント
「暴言連発でイエローカード」と紹介された場面は、記録上は86分の「ラフ」による警告でした。
ドログバの負傷はW杯前の国際親善試合での接触で、本人は故意を否定しています。
そして同じ時期に、闘莉王は先制点を決め、カズのゴールを演出し、W杯でベスト16を支えた選手でもあります。
ランキングの残りは2人。2位と1位の発表を待ちながら、場面ごとの記録もぜひ確かめてみてください。

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