【結論】キム・シジョン(金時鐘)さんは、1929年生まれ・97歳の在日朝鮮人の詩人。70年以上、日本語で詩を書いてきた人です。
- 読みは「キム・シジョン」。日本語読みでは「きん ししょう」
- 1929年1月17日生まれで、2026年8月時点で97歳
- 1949年6月に日本へ渡り、大阪・生野区の猪飼野で暮らし始めた
- 1953年に詩誌『ヂンダレ』を創刊している
- 1973年に在日外国人として初めて公立高校の教員になった
- 出演は2026年8月23日(日)朝5時 NHK Eテレ「こころの時代」
「こころの時代」の出演者欄に詩人・金時鐘という名前があります。
主役は劇作家で精神科医の胡桃澤伸さん。
この詩人が誰なのか、公開情報だけでまとめました。
- キム・シジョンさんの年齢と生まれ
- 日本へ渡ってからの歩み
- 代表的な詩集と受賞歴
- 主役の胡桃澤さんとの関係
【予想】日本語しか選べなかった人が、その日本語を疑い続けた
ここからは当ブログの予想です。
キム・シジョンさんは在日朝鮮人の詩人ですが、作品はすべて日本語です。
朝鮮語を公立高校で教えた人でもあるのに、詩は日本語で書いています。
予想の結論はこうです。
日本語は選んだ言語ではなく、与えられた言語だった。だからこそ疑う対象にもなったのではないか。
そう見る注目点を6つ挙げます。
注目点1:学校で日本の思想を教え込まれている
キム・シジョンさんは日本統治下の朝鮮で育ちました。
学校では天皇の赤子になることを諭され、内鮮一体や大東亜共栄圏、八紘一宇を信じて過ごしたと記録されています。
これは思想の話であると同時に、言語の話でもあります。
注目点2:文学の入口も日本語だった
小学生時代に読み耽ったのは、父が持っていた日本語の『トルストイ全集』や新潮社の『世界文学全集』でした。
また、日本の童謡・小学唱歌・昔話にも親しんだとされます。
文学に出会った経路そのものが日本語だった、ということです。
注目点3:1945年の「解放」でショックを受けた側だった
17歳で迎えた「解放」のとき、キム・シジョンさんは皇国少年として日本の敗北にショックを受け、一週間以上ご飯が食べられなかったとされます。
解放を喜ぶ側ではなく、その熱気から外れていたと記録されています。
注目点4:そこから朝鮮語を学び直している
その後、「国語(クゴ)」や「歴史」を学ぶ学習会に参加し、朝鮮人としての自覚を深めていったと書かれています。
ここは当ブログの見立てですが、あとから母語を学んだ経験があるからこそ、言葉が自然なものではなく与えられるものだと分かったのだと思います。
注目点5:朝鮮語を教える側に回っている
1973年、キム・シジョンさんは兵庫県立湊川高等学校の社会科教員になります。
そして日本の公立学校で初めて、朝鮮語を正規科目として教えました。
自分が学び直した言葉を、制度の中に置き直したことになります。
注目点6:それでも詩は日本語で書いている
ここが最大の点です。
朝鮮語を教えながら、詩集も評論も日本語で書き続けています。
胡桃澤伸さんが学んだという「既成の通念に寄りかからない言葉」とは、この位置から出てきた考え方だと見ています。
ここから先は予想です。
番組の紹介文には「精神科医・中井久夫や詩人との出会いから自分の表現を取り戻し」とあります。
この「詩人」がキム・シジョンさんを指していると見ています。
以上はあくまで当ブログの予想です。
本人が「日本語を疑うために日本語で書く」と語った記述は見つかっていません。
プロフィールと年齢
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | キム・シジョン/きん ししょう |
| ハングル | 김시종 |
| 生年月日 | 1929年1月17日 |
| 年齢 | 2026年8月時点で97歳 |
| 職業 | 詩人、朝鮮文学者 |
| 使用言語 | 日本語 |
| 国籍 | 韓国(2003年取得) |
| 幼名 | パウ(岩) |
生まれた場所は資料で分かれています。
釜山とするものと元山とするものがあり、本人は自伝で「私は港湾都市釜山の、海辺の飯場で生まれたそうです」と書いています。
父は元山出身、母は済州市出身とされています。
詩を読んでみたい方向けに、著書を探せるリンクを置いておきます。
▼ キム・シジョンさんの詩集はこちらから
※在庫や価格は変わります。リンク先でご確認ください。
日本へ渡るまでの年表
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1929年 | 日本統治下の朝鮮に生まれる |
| 1932年ごろ | 元山の祖父に一時預けられ、のちに済州市の城内へ |
| 1942年 | 官立光州師範学校に入学 |
| 1945年 | 17歳で「解放」を迎える |
| 1948年 | 済州島四・三事件が起きる |
| 1949年5月26日 | 父の手配で島へ逃れ、日本行きの船に乗る |
| 1949年6月5日 | 神戸沖(須磨付近)に単身上陸 |
上陸後は大阪を放浪し、梅田から鶴橋へ。
落ち着いた先が大阪市生野区の猪飼野でした。
そこでローソク作りで生計を立て、のちに石鹸工場で働いています。
代表的な詩集の刊行年
| 刊行年 | 書名 | 版元 |
|---|---|---|
| 1955年 | 詩集 地平線 | ヂンダレ発行所 |
| 1957年 | 日本風土記 詩集 | 国文社 |
| 1970年 | 新潟 長篇詩 | 構造社 |
| 1978年 | 猪飼野詩集 | 東京新聞出版局 |
| 1986年 | 「在日」のはざまで | 立風書房 |
| 2015年 | 朝鮮と日本に生きる | 岩波新書 |
| 2018年 | 背中の地図 | 河出書房新社 |
2018年からは藤原書店で『金時鐘コレクション』全12巻の刊行が始まっています。
『猪飼野詩集』は2013年に岩波現代文庫にも入りました。
受賞歴と「初」の記録
| 年 | 内容 |
|---|---|
| 1973年9月 | 在日外国人として初の公立高校教員(兵庫県立湊川高校・社会科) |
| 同時期 | 日本の公立学校で初めて朝鮮語を正規科目として教える |
| 1986年 | 『「在日」のはざまで』で第40回 毎日出版文化賞 |
| 1992年 | 『原野の詩』で第25回 小熊秀雄賞 特別賞 |
| 2011年 | 『失くした季節』で第41回 高見順賞 |
| 2015年 | 『朝鮮と日本に生きる』で第42回 大佛次郎賞 |
もうひとつ触れておきたいのが1998年です。
1949年に日本へ渡ってから49年ぶりに済州島を訪ねています。
2003年には両親の墓参りのために済州島で本籍を取得し、韓国籍となりました。
のちに大阪文学学校の理事長も務めています。
まちがえやすいところ
| よくある思い込み | 実際 |
|---|---|
| 朝鮮語で詩を書いている | 作品は日本語 |
| ずっと韓国籍だった | 取得は2003年 |
| 生まれた場所は確定 | 釜山説と元山説がある |
| この回の主人公 | 主人公は胡桃澤伸さん |
| 朝鮮語教育だけの人 | 担当は社会科。朝鮮語は正規科目として新設された |
Q&A
Q1. 名前の読み方は?
キム・シジョンです。日本語読みではきん ししょう。
ハングルでは김시종と書きます。
Q2. いま何歳ですか?
97歳です(1929年1月17日生まれ、2026年8月時点)。
Q3. 猪飼野とはどこですか?
大阪市生野区の地域です。
日本へ渡ってから暮らした場所で、詩集『猪飼野詩集』の題名になっています。
Q4. どんな賞を受けていますか?
毎日出版文化賞、小熊秀雄賞特別賞、高見順賞、大佛次郎賞などです。
Q5. 胡桃澤伸さんとはどういう関係ですか?
胡桃澤さんが通った大阪文学学校での出会いです。
胡桃澤さんは「既成の通念に寄りかからない言葉」を学んだと語っています。
Q6. 放送日はいつですか?
2026年8月23日(日)朝5時00分〜6時00分、NHK Eテレ「こころの時代」です。
おわりに
キム・シジョン(金時鐘)さんは、1929年生まれ・97歳の在日朝鮮人の詩人です。
1949年に日本へ渡り、大阪・猪飼野で暮らし始め、1953年には詩誌『ヂンダレ』を創刊しました。
1973年には在日外国人として初の公立高校教員となっています。
朝鮮語を正規科目として教えた人でありながら、詩はすべて日本語で書き続けてきました。
放送は2026年8月23日(日)朝5時、NHK Eテレ「こころの時代」です。

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