【結論】福島智さんは、目も耳も使えないまま東大の教授を務めている方です。
- 名前の読みはふくしま さとし
- 生まれは1962年12月25日/神戸市
- 視力は3歳と9歳の二段階で失われた
- 聴力を失ったのは18歳のとき
- 職場は東京大学先端科学技術研究センター
- 常勤の大学教員になったのは盲ろう者として世界で最初
- 登場は8月24日(月)午後8時のEテレ
- 福島智さんという方の基本データ
- 「盲ろう」と「全盲ろう」はどう違うのか
- 通訳介助者がどんな役割を担っているか
- 受けている賞と、引き受けている役職
- 8月24日の放送データと再放送枠
Eテレの「ハートネットTV」に、
2026年8月24日(月)午後8時から
福島智さんが出演します。
紹介文には「盲ろうの大学教授」とだけ書かれていて、
それ以上の説明がありません。
どんな方なのかを先に押さえておきましょう。
【予想】世界で最初の一人になった条件を8つ挙げる
ここからは編集部の予想です。
先に答えを書くと、
偶然ではなく、条件が積み上がった結果だと見ています。
1つずつ挙げていきます。
条件1:視覚を先に失っていた。
福島さんは9歳で全盲になり、18歳で耳が聞こえなくなりました。
つまり点字を9年ほど使ってから聴力を失っています。
読み書きの土台がすでにあった状態で、次の壁が来たことになります。
条件2:音の記憶が残っていた。
18歳までは耳が聞こえていたため、言葉の音を覚えています。
そのため自分の声で話すことができ、講義や講演も発声して行っています。
研究者は書くだけでなく話す仕事でもあるので、ここは大きな差です。
条件3:母親が伝達手段を発明した。
受け取る側の手段である指点字は、母・令子さんが考えたものです。
両手の指を点字タイプライターの6つのキーに見立てて打つ方法で、今では全国の盲ろう者に知られる選択肢になりました。
手段が無い状態から出発していない点が、他の例と違います。
条件4:40年以上前に大学へ入れた。
1983年、東京都立大学人文学部に盲ろう者として日本で初めて進学しています。
研究者になるには、まず学生として受け入れられる必要があります。
この最初の扉が開いたのが1980年代だったことが、その後すべての前提になりました。
条件5:修士まで進んでいる。
1987年に学部を卒業し、1989年に大学院の修士課程を修了しています。
学部で終わっていたら教員の道は開きません。
大学院という次の段階も、当時としては前例のない受け入れだったはずです。
条件6:前の職場で支援の前例を作った。
東大の前は金沢大学教育学部の助教授でした。
研究室の公式サイトによると、2001年に東大へ移る際は金沢大での実績を踏まえて話し合いを重ねたと説明されています。
いきなり東大で交渉したのではなく、実績を持ち込んだ形です。
条件7:専門分野が自分の状況と重なっていた。
専門はバリアフリー教育・障害学・障害者福祉・アクセシビリティです。
2008年に東大へ出した博士論文も、自分自身の視覚と聴覚の喪失を扱っています。
当事者であることが研究の妨げではなく、材料の側に置かれています。
条件8:支援を制度として組み立てた。
大学での仕事は、指点字の技術を持った通訳介助者によって支えられています。
この方々はボランティアではなく、給料が発生する労働者だと公式サイトに明記されています。
個人の頑張りではなく仕組みにしたことが、続いている理由だと考えられます。
以上はあくまで編集部の予想・推測です。
ご本人が理由を語ったものではありません。
基本データ
| 名前 | 福島 智(ふくしま さとし) |
| 誕生日 | 1962年12月25日 |
| 出身 | 兵庫県神戸市 |
| 職業 | バリアフリー研究者/大学教授 |
| 勤務先 | 東京大学先端科学技術研究センター |
| 学位 | 博士(学術)/2008年・東京大学(論文博士) |
| 研究分野 | バリアフリー教育、障害学、障害者福祉、アクセシビリティ |
| その他の役職 | 全国盲ろう者協会 理事/世界盲ろう者連盟アジア地域代表 |
| 会話の方法 | 受け取りは指点字、話すのは自分の声 |
神戸のご出身なので、
ふだんの会話は関西弁だと紹介されています。
ピアノを弾くという一面もあります。
▼ 福島智さんの本はこちらから探せます
※ご本人の著書のほか、関連する書籍も並びます。価格はリンク先でご確認ください。
「盲ろう」と「全盲ろう」は違う
まぎらわしい言葉なので、
先に切り分けておきます。
| 言葉 | 指している状態 |
|---|---|
| 盲ろう | 視覚と聴覚の両方に障害がある |
| 全盲ろう | 視覚も聴覚もまったく残っていない |
福島さんは後者にあたります。
研究室の公式サイトによると、ご本人はこの状態を
「テレビのスイッチを切った状態」と例えて説明しているそうです。
音も映像も消えるので、
外の世界とのつながりが切れてしまうという意味になります。
公式サイトでは、盲ろうの方が抱える壁として
移動・情報入手・コミュニケーションの3つが挙げられています。
なお、伝え方は指点字だけではありません。
| 手段 | 向いている人 |
|---|---|
| 指点字 | 先に視覚を失い、点字を使っていた人 |
| 触手話 | 先に聴覚を失い、手話を使っていた人 |
| 弱視手話 | 視力が一部残っている人 |
| 指文字・手のひら書き文字 | 状況に応じて併用 |
通訳介助者という仕事
福島さんの仕事を支えているのが通訳介助者です。
名前のとおり、
通訳と介助を1人がまとめて担当します。
| 担当すること | 内容 |
|---|---|
| 通訳 | 対面の会話や電話を指点字で伝える |
| 状況説明 | 周囲で何が起きているかを伝える |
| 移動 | 自宅への送迎、出張への同行 |
| 書類の確認 | 誤字のチェックやレイアウトの調整 |
公式サイトによると、大学では主に4名の指点字通訳者が実働し、
実際の通訳は2名のペアで交代しながら行うとのこと。
さらに3〜4名のバックアップも確保されています。
1人に頼らない体制です。
受けた賞と役職の一覧
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1996年 | 母・令子さんとともに吉川英治文化賞 |
| 2003年 | 米誌TIMEで「アジアの英雄」に選出 |
| 2008年 | 盲ろう者として世界初の大学常勤教員に |
| 2008年 | 出演したNHK番組の回が日本賞グランプリ |
| 2015年 | 本間一夫文化賞 |
研究以外の顔もあります。
全国盲ろう者協会の理事、
そして世界盲ろう者連盟のアジア地域代表。
当事者団体の運営にも関わっています。
8月24日の放送データ
| 番組名 | ハートネットTV |
| 回のタイトル | シリーズ福祉をひらく 苦悩と、生きる〜盲ろうの大学教授・福島智さん〜 |
| 日時 | 2026年8月24日(月)午後8時00分〜8時30分 |
| チャンネル | NHK Eテレ1・東京 |
| 出演 | 福島智 |
| アナウンサー | 廣瀬雄大 |
番組表の紹介文によると、
今回取り上げられるのは
「障害とは何か」を示す新しい考え方です。
そこで注目されているのが「苦悩」という言葉。
半生をたどるだけの回ではなさそうです。
再放送の枠も番組公式に案内があります。
翌週月曜の午後2時30分、
翌週火曜の午前5時55分、
翌週火曜の午後1時10分の3つです。
よくある質問
年齢はいくつですか?
1962年12月25日生まれなので、
放送日の時点では63歳です。
指点字は誰が作ったのですか?
母親の福島令子さんです。
1996年には親子そろって吉川英治文化賞を受けています。
生まれたときから見えなかったのですか?
いいえ。
生後5か月で眼の病気になり、3歳で右目、9歳で左目の視力を失いました。
聴力は18歳のときです。
出身大学はどこですか?
東京都立大学の人文学部です。
1983年入学、1987年卒業。
その後、同じ大学の大学院で修士課程を修了しています。
映画やドラマになっていますか?
映画があります。
2022年11月4日公開の『桜色の風が咲く』です。
生い立ちを描いた作品になっています。
まとめ
- 福島智さんは東京大学先端科学技術研究センターの教授
- 視覚も聴覚も残っていない全盲ろうという状態
- 常勤の大学教員になったのは盲ろう者として世界で最初
- 会話は指点字で受け取り、自分の声で返す
- 放送は8月24日(月)午後8時/NHK Eテレ
肩書きだけ見ると遠い人に思えますが、
放送前にここまで知っておくと、
番組で出てくる「苦悩」という言葉の入り方が変わってきます。

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