【結論】黄色い外観で知られた鳥山明さんの自宅兼仕事場は、取り壊しが進んでいると報じられています。建物は消えても、清須市のためにデザインした市制20周年ロゴなど、本人が描いたものは残ります。
ドラゴンボールの聖地がなくなる、という話題が広がっています。
このニュースを見て、本当なのか、なぜなのかを確かめたくなった人も多いのではないでしょうか。
先に押さえておきたいのは、解体は報道で確認できる一方、理由は明らかになっていないという点です。
この記事では確かな情報とそうでない情報を早見表で分け、清須のまちに何が残るのかを考えます。
- 清須に鳥山さんの足跡として何が残るか(編集部の予想)
- 毎日新聞が伝えた解体の中身
- 確認できたこと・分かっていないことの早見表
- 「なぜ残せないのか」という疑問への識者の見方
【考察】清須に鳥山明さんの足跡は何として残る?
ここからは編集部の予想です。
私の答えは、建物に代わって「本人が描いたもの」と「人の記憶」が地元のよりどころになるです。
具体的には、市のために描いたロゴ、作品そのもの、そして関係者が語り継ぐ思い出です。
根拠1:清須市には本人デザインのロゴがある
鳥山さんは、2025年7月7日の清須市の市制20周年に向けた記念ロゴをデザインしました。
2024年7月には、このロゴをあしらったラッピングバスの運行が始まったと報じられています(東海テレビ)。
ロゴには、織田信長を思わせる刀を持った武将が描かれています。
同じ報道で、永田市長は「(鳥山先生は)清須のご出身で清須にお住まいだったということで、恩返しできるかなと思っています」と話していました。
市にとって、ロゴは鳥山さんへの感謝を形にしたものでもあります。
訃報の直後には、市長が「先生の思いがこもった作品なので大事に使わせていただきたいと思っている」と話していました。
同じ報道によると、清須市の図書館は鳥山さんを追悼するコーナーの設置を検討していました(2024年3月時点)(CBCテレビ)。
私邸と違い、ロゴは市が自ら紹介できる鳥山さんとの接点です。地元のつながりを語るとき、まず挙がるのはこちらになると見ています。
根拠2:元アシスタントが「記憶」に託している
毎日新聞によると、元アシスタントのまつやまたかしさん(68)は、「鳥山さんの作品のほとんどはそこから生まれている」と話しています。
そのうえで「記憶の中で残っていけば」と語りました(毎日新聞)。
仕事場で一緒に働いた人の言葉として、とても象徴的です。
建物が残らないことを受け止めたうえで、そこで生まれた作品と思い出を受け継ぐという考え方が、身近な人から示されています。
まつやまさんは「自分の働いていた場所でもあり悲しい」とも語っています。寂しさを抱えたうえでの言葉だけに、ファンが思いを託す先を示しているように感じます。
根拠3:識者の提言は今後の仕組みづくりに向いている(編集部の読み)
サブカル専門ライターの河村鳴紘さんは、エンタメ遺産の保存に法整備や予算の仕組みがあってもよいという意見を示しています(ヤフーニュース エキスパート)。
河村さんは、今回の建物を残さなかった判断にもクールジャパン戦略と重なるとして批判的です。
そのうえで、法整備や予算という提言は、編集部としては今後の制度づくりの話として読みました。
工事が大部分まで進んだと報じられている以上、この建物そのものを残す道は現実的ではありません。
だからこそ、清須での語り継ぎはロゴや作品、記憶が担うことになると考えます。
あくまで予想であり、断定ではありません。
何が起きた?毎日新聞が伝えた解体の中身
毎日新聞は2026年11月3日、清須市内の建物の解体工事が進んでいると報じました(毎日新聞)。
鳥山さんが長年、自宅兼仕事場として使ってきた建物です。
| 建物 | 清須市内の自宅兼仕事場。黄色の外観が特徴 |
| 所属会社 | バード・スタジオ。毎日新聞によると2026年8月に東京へ移転 |
| 工事 | 毎日新聞によると10月に開始、記事の時点で大部分を取り壊し |
| 理由 | 公表されていない |
鳥山さんは2024年3月1日に68歳で亡くなりました。
発表はバード・スタジオとカプセルコーポレーション・トーキョーの連名で行われています(電撃オンライン)。
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確認できたこと・分かっていないこと早見表
話題が広がると、確かな情報と推測が混ざりがちです。
2026年11月4日朝の時点で、報道と公式の発表文から言えることを整理しました。
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 解体工事が進んでいる | 確認できる(毎日新聞の報道) |
| 所属会社の東京移転 | 毎日新聞の報道で確認できる |
| 解体を決めたのは誰か | 市長は家族の決定と「拝察」。公式発表はない |
| 解体の理由 | 公表されていない |
| 工事の完了時期 | 報じられていない |
| 跡地の使い道・記念施設 | 計画は報じられていない |
清須市長と地元の受け止め
永田純夫市長は毎日新聞の取材に、「取り壊しは鳥山先生のご家族によって決定されたものと拝察する」とコメントしました。
続けて、「市としてはご意向を尊重し、静謐(せいひつ)な環境で工事が完了することを見守りたい」と述べています(毎日新聞)。
毎日新聞の記事では、近所の人が「市のシンボル」だった建物を惜しむ様子も伝えられています。
なお、2024年の訃報の発表文にも「静謐を望む本人の意向」という表現がありました(インサイド)。市長がこれを意識したかは分かりませんが、同じ語が使われています。
「なぜ残せないの?」という疑問への識者の見方
河村鳴紘さんは、仕事場が公開されていれば唯一無二の観光資源になった可能性に触れています。
一方で、行政が関わる場合のオーバーツーリズムや税金の投入、業務の負担といった課題も挙げています。
聖地巡礼が地域とのトラブルになる例がある一方、埼玉県久喜市鷲宮地区のように地域の理解を得た例もあると紹介しています(ヤフーニュース エキスパート)。
これは筆者個人の意見で、家族や市の考えを示したものではありません。
ただ、私邸をそのまま公開施設にする難しさを知るうえで参考になります。
ファンとしてできること
トイピープルによると、ファンの間では工事が終わるまで静かに見守ろうという呼びかけが出ています(トイピープル)。
建物のあった場所は住宅街です。
- 工事中も工事後も、現地を訪ねるのは控える
- 周辺の家が写る画像を拡散しない
- 思い出は作品を読み返す形で振り返る
よくある疑問Q&A
Q1. 「ドラゴンボールの聖地」とはどこのことですか?
愛知県清須市にあった鳥山さんの自宅兼仕事場のことです。
毎日新聞によると、黄色の外観から地元やファンの間で聖地として知られていました。
Q2. 建物はもう残っていないのですか?
11月3日配信の毎日新聞の記事では、既に大部分が取り壊されているとされています。
工事がいつ終わるかは報じられていません。
Q3. 清須市が建物を引き取る話はなかったのですか?
そうした話は報道に出ていません。
市長は家族の意向を尊重するとコメントしており、市が取得を検討したという情報も確認できません。
Q4. 鳥山さんと清須市にはどんな縁がありますか?
鳥山さんは清須市の出身で、長年市内で暮らしながら創作を続けました。
市制20周年の記念ロゴのデザインも手がけています。
Q5. 考察の内容は確かな情報ですか?
いいえ、考察は編集部の予想です。
報道と公式の発表文をもとにした見立てで、家族や市の方針を伝えるものではありません。
これから注目したい点
注目したいのは、家族や関係会社が何か発信するかどうかです。
ただ、2024年の時点で家族への取材を控えるよう求めていたことを踏まえると、静かに見守るのが筋でしょう。
もう一つは、作家の仕事場をどう残すかという議論の広がりです。
今回の解体をきっかけに、漫画文化の保存について考える人は増えそうです。
おわりに
- 清須の自宅兼仕事場は取り壊しが進んでいると報道
- 理由・完了時期・跡地の扱いは分かっていない
- 清須市の市制20周年ロゴは鳥山さんのデザイン
- 現地は住宅街。訪問や画像の拡散は控えたい
建物がなくなっても、そこで生まれた物語は読み継がれていきます。
元アシスタントの言葉のように、一人ひとりの記憶の中で鳥山さんの仕事を大切にしていきたいですね。

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