広田泉とは何者?広田尚敬の次男で鉄道写真家、53歳で亡くなるまでの歩みを整理

    【結論】広田泉さんは広田尚敬さんの次男で、同じ鉄道写真家だった人です。

    本記事はプロモーションを含みます。

    • 読み方はひろた いずみ
    • 1969年、東京都に生まれた
    • 会社員から2002年に独立
    • 強みは色彩感覚と動体視力
    • 晩年はパリでも個展を開いた
    • 2022年3月28日に53歳で死去
    このページで分かること
    • 広田泉さんが何をしていた人か
    • 父・広田尚敬さんとの違い
    • 出した本と、その中身
    • 被災した鉄道へ売上を渡した本のこと
    • 8月23日の放送予定

    Eテレ「日曜美術館」に
    2026年8月23日
    90歳の鉄道写真家・広田尚敬さんが出ます。
    この番組をきっかけに
    「広田泉」という名前を目にした方もいるかもしれません。
    尚敬さんの次男で、
    やはり鉄道を撮っていた写真家です。

    目次

    【予想】なぜ同じ職業なのに歩き方が違ったのか

    ここからは編集部の予想です。
    先に書くと、
    泉さんは父の看板を継いだのではなく、自分で別のルートを引いた人だと見ています。
    そう読める点を7つ並べます。

    読み解き1:独立が30代だった。
    泉さんがフリーになったのは2002年
    1969年生まれなので30代前半です。
    父の尚敬さんは大学を出て1年で独立しました。
    親と同じ仕事に就くなら早く入れそうなものですが、
    泉さんはそうしていません。
    会社勤めを経ているぶん、
    写真以外の職場を知ってから転じたことになります。

    読み解き2:入口が技術の転換点だった。
    写真家になった契機は写真のデジタル化だと記録されています。
    フィルム時代の技術を父から受け取って始めた、
    という形ではありません。
    父の経験がそのままは効かない場所から出発しています。
    デジタル化は当時の写真業界で
    機材も納品の作法も入れ替わった時期です。
    先行者の優位が一度崩れた場所に、
    あえて入っていった形になります。

    読み解き3:学校の順番が逆になっている。
    泉さんは専門学校卒
    父の尚敬さんは写真学校を志望しながら
    兄の反対で中央大学経済学部へ進みました。
    父が行けなかった側の学校に息子が行っている、
    という並びです。

    読み解き4:褒められ方が違う。
    泉さんの評価は色彩感覚と動体視力という
    身体寄りの言葉で語られます。
    父は動止フォトグラフという
    自分で名づけた技法で知られました。
    看板になっているものが別です。

    読み解き5:海外への出方が違う。
    父は米国の鉄道雑誌に写真を載せましたが、
    泉さんは2021年11月末からパリで個展を開いています。
    誌面ではなく展示という形です。
    亡くなる4か月ほど前のことでした。
    写真は日本の鉄道を撮ったものですから、
    国内向けの被写体を海外の観客に見せるという
    難しい方向へ踏み出していたことになります。

    読み解き6:本の作り方に社会性がある。
    2011年の『ここから始まる』は、
    売上を東日本大震災の復興支援として全額寄付しました。
    渡した先は三陸鉄道ひたちなか海浜鉄道
    被写体そのものへ収益を戻すという発想の本です。

    読み解き7:それでも2度組んでいる。
    父子の共著は2006年2021年の2冊。
    15年あけて再び組んでいます。
    どちらも共著としてクレジットされており、
    助手として名前が出ているわけではありません。
    別の道を歩きながら、必要なときだけ並んだように見えます。

    ここまでは予想です。
    親子の実際のやりとりは公表されていないため、
    断定はできません。

    父と息子を並べてみる

    項目広田尚敬さん広田泉さん
    生年1935年1969年
    学校中央大学 経済学部専門学校
    独立した年1960年2002年
    独立時のおよその年齢20代半ば30代前半
    知られている技法動止フォトグラフ流し撮り・情景写真
    海外での発表米誌「Trains」への掲載パリでの個展

    並べると、
    重なるのは被写体が鉄道であることだけです。
    入り方も、道具も、見せ方も違います。
    それでも共著が2冊あるという事実が、
    この父子の距離感を一番よく表しているのかもしれません。

    ▼ 広田尚敬さんの写真集を探すならこちら

    ※父子で組んだ書籍もあります。取扱いはリンク先でご確認ください。

    残した作品

    タイトル出版社
    2005年しんかんせん・とっきゅう講談社
    2006年JR特急・超特急100点(父との共著)講談社
    2011年ここから始まるホームキュービック
    2021年新 JR・私鉄人気車両ベスト100点(父との共著)講談社

    売上を丸ごと鉄道会社へ渡した本

    2011年の『ここから始まる』は、
    作品を並べただけの写真集ではありません。
    売上の全額が復興支援として寄付されました。
    渡した先は三陸鉄道とひたちなか海浜鉄道。
    どちらも東日本大震災で大きな被害を受けています。
    撮ってきた対象へ返すという形の一冊でした。

    テレビにも出ていた

    旅チャンネルの「カメラと旅する鉄道風景」に出演しています。
    放送開始は2009年2月です。
    同じころ、父の尚敬さんも
    テレ朝チャンネルの「拝啓!!鉄道人」(2009年)などに出ていました。
    親子でテレビに出ていた時期が重なっています

    亡くなった原因については公表されていません。本記事では確認できる日付だけを記載しています。

    放送の基本情報

    番組名日曜美術館
    サブタイトル鉄道のくにを撮る 写真家 広田尚敬
    初回放送2026年8月23日(日)9:00〜9:45
    チャンネルNHK Eテレ1・東京
    再放送2026年8月30日(日)20:00〜20:45

    よくある質問

    広田泉さんと広田尚敬さんの関係は?

    泉さんは尚敬さんの次男です。
    親子でともに鉄道写真家として活動していました。

    いつ亡くなったのですか?

    2022年3月28日です。
    1969年生まれで53歳でした。
    訃報は2022年4月11日にカメラ専門メディアが伝えています。

    どんな写真を撮っていましたか?

    車両を正面から記録する編成写真だけでなく、
    流し撮りや、
    鉄道車両・施設を主役にした情景写真を得意としました。
    色彩感覚と動体視力に優れていたと評されています。

    写真家になる前は何をしていましたか?

    専門学校を卒業したあと会社員として働いていました。
    写真のデジタル化をきっかけに
    2002年にフリーの写真家へ転じています。

    父子の共著はどれですか?

    講談社から出た『JR特急・超特急100点』(2006年)
    『新 JR・私鉄人気車両ベスト100点』(2021年)の2冊です。

    海外でも活動していたのですか?

    はい。2021年11月末からパリで個展を開いています。
    活動の場を海外へ広げていた時期でした。

    尚敬さんに他の子どもはいますか?

    「次男」という記載があるため
    少なくとももう一人いると考えられますが、
    公開情報では確認できませんでした
    推測での記載は避けています。

    作品はいま見られますか?

    刊行された写真集や共著は流通しています。
    父子はどちらも「鉄道写真.COM」
    外部リンクとして掲げていました。
    展示予定などは公式の案内をご確認ください。

    まとめ

    広田泉さんは、
    鉄道写真家・広田尚敬さんの次男で、
    自身も鉄道写真家でした。
    1969年東京都生まれ。
    専門学校を出て会社員になり、
    写真のデジタル化を機に2002年に独立しています。

    流し撮りと情景写真を得意とし、
    震災復興に売上を全額寄付した写真集も残しました。
    2021年11月末にはパリで個展を開き、
    その4か月後の2022年3月28日、53歳で死去
    作品の今後の扱いは公表されていませんが、
    父子の共著2冊は今も手に取れます
    放送は8月23日(日)朝9時からです。

    参照リンク

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