【結論】美吉籠は「みよしかご」と読みます。兵庫県三木市吉川町の竹籠です。
- 美吉籠の読みはみよしかご。産地は三木市吉川町
- 始まりは明治18年。有馬の湯治客への土産物だった
- 姫路の革は塩となたね油でなめす
- 兵庫県のページに載る美吉籠の製造者は1軒
- 放送は8月21日深夜(22日1:45〜)
- 2つの工芸の読み方と中身
- 担い手の現状についての予想
- 名前が紛らわしい点の整理
- 放送日時と番組の趣旨
「ニッポンのSHOKUNIN」で扱われるのが姫革細工と美吉籠。
後者は初見だと読めない人がほとんどでしょう。
答えは「みよしかご」。
兵庫県が地場産業として紹介している竹籠です。
公的な資料をもとに、それぞれの中身を見ていきます。
【予想】この回の裏テーマは「担い手が細っている」こと
ここからは編集部の予想です。
はっきり書きます。
この2つが並んだ回の裏テーマは、どちらも作り手が驚くほど少ないという現実だと予想しています。
根拠を5つ挙げます。
根拠1:美吉籠の製造者は県のページに1軒しかない
兵庫県の美吉籠のページには、製造者として「戸田竹芸店」の名前だけが記載されています(兵庫県)。
県が公式に紹介する工芸で、載っている製造者が1軒。
この事実だけで産地の規模が想像できます。
根拠2:材料の産地まで限定されている
美吉籠は「吉川町から産出される苦竹と淡竹のみを使用」とされています。
材料を地元産に限る以上、竹林が維持されなければ作れません。
作り手だけでなく、素材の側にも制約があるということです。
根拠3:姫路の革は「土産物として扱われる程度」
白なめし革は江戸時代以前には全国で広く使われていましたが、明治以降に欧米式のなめし技術が入って押されます。
現在は姫路市内で土産物として扱われる程度と説明されています(Wikipedia)。
かつての産業から土産物へ。
規模の縮小がそのまま言葉に出ています。
根拠4:工程が手作業だらけで量産できない
姫路の白なめし革の製法には、皮を数日間河川に浸して微生物の作用で毛根をゆるめるという工程が含まれます。
天日乾燥を2回はさみ、日光に晒しながらもみほぐす。
天候に左右される工程ばかりで、工業的な量産とは相容れません。
根拠5:番組が「新たな分野に挑戦する職人」も扱うと書いている
番組表の説明文には、「伝統工芸品に携わる職人や新たな分野に挑戦する職人を」とあります。
守るだけでは続かないという前提が、企画の説明文に組み込まれている。
存続がテーマになっていると予想する理由です。
ここまでは公開情報からの予想です。番組の意図を確認したものではありません。
2つを並べて比べる
| 項目 | 美吉籠 | 姫路の白なめし革 |
|---|---|---|
| 読み | みよしかご | ひめじしろなめしかわ |
| 素材 | 竹(苦竹・淡竹) | 成牛皮 |
| 産地 | 三木市吉川町 | 姫路市 |
| 始まり | 明治18年(工芸品として) | 古代からの伝承あり |
| 技法の元 | 正倉院の華籠 | 朝鮮半島由来と伝わる |
| 特徴 | 二本とび網代編み | 塩となたね油でなめす |
| 色・見た目 | 竹の油分による艶 | 薄乳白色(薄いベージュ) |
面白いのは技法の元がどちらも「外から来たもの」だという点。
美吉籠は正倉院の宝物、姫路の革は朝鮮半島由来の伝承を持ちます。
▼ 姫革細工の製品はこちらから探せます。
※なめし方や表記は商品ごとに異なります。詳細はリンク先をご確認ください。
美吉籠の詳しい中身
吉川町では古くから農業の副業として竹籠が作られていました。
それが商品になったのが明治18年です。
戸田甚之介という人物が竹細工の土産品を創作し、有馬の湯治客に売ったのが始まりとされています。
- 編目模様は正倉院の華籠の技法を研究したもの
- 横編み技法は「二本とび網代編み」
- 兵庫県いわく「全国的にも珍しい独特の技法」
- 材料は吉川町産の苦竹と淡竹のみ
- 県指定は平成5年12月21日
製造者は戸田竹芸店(三木市吉川町有安)と記載されています。
ただし兵庫県のこのページは更新日が2017年1月5日。連絡先などは直接ご確認ください。
名前がややこしい点
姫路の革については、名前の使われ方に注意が要ります。
県指定の伝統工芸品の正式名は「姫路白なめし革細工」、略称は「姫路革(ひめかわ)」。
一方、市販品でよく見る呼び方が「姫革細工」「姫路白革」です。
Wikipediaには、この2つがしばしば混同されるが別物であるという指摘が載っています。
市販の白い製品は化学処理によるもの、という説明です。
ただし当該記事には出典が不十分である旨のタグが付いています(2018年12月時点)。
ここではそういう指摘があるという紹介にとどめます。
放送データ
| 番組 | ニッポンのSHOKUNIN |
| 回 | ★姫革細工・美吉籠 |
| 日時 | 2026年8月22日 1:45〜2:00(8月21日の深夜) |
| リポーター | サニー・フランシス |
| 尺 | 15分 |
深夜1時45分スタートの15分番組です。
リアルタイムで見るのは大変なので、録画しておくのが無難でしょう。
Q&A
Q1. 美吉籠の読み方は?
みよしかごです。兵庫県三木市吉川町で作られる竹籠で、県が地場産業として紹介しています。
Q2. どんな竹を使うのですか?
吉川町から産出される苦竹と淡竹のみを使うと明記されています。材料の産地まで限定されているのが特徴です。
Q3. 「華籠」とは何ですか?
正倉院の宝物のなかに収蔵されている品です。美吉籠の独自の編目模様は、この華籠の技法を研究して生み出されたと兵庫県は説明しています。
Q4. 姫路の革はどうやって作るのですか?
成牛皮を塩漬けにし、数日間河川に浸して微生物の作用で毛根をゆるめ、毛をこそぎ落とします。その後、塩となたね油を加えて日光に晒しながらもみほぐす、という工程です。
Q5. どこで買えますか?
美吉籠は兵庫県のページに製造者として戸田竹芸店が記載されています。姫路の革製品は姫路市内の土産物店などで扱われているとされます。いずれも最新の取扱状況はご確認ください。
Q6. なぜインド出身の人が案内するのですか?
番組表には「インド人目線で伝える」と明記されています。リポーターのサニー・フランシスさんは1986年に来日し、関西を拠点に活動している俳優・ラジオパーソナリティです。
Q7. なぜ有馬の湯治客に売ったのですか?
吉川町は有馬温泉から山を挟んだ位置にあります。農閑期の副業で作っていた竹籠を、近隣の温泉に集まる客という確実な販路に向けたのが明治18年の発想でした。地元で使う道具を、外から来る人向けの土産物に作り替えたことになります。
Q8. 姫路の革はなぜ姫路で発達したのですか?
伝承では水質が理由とされています。『花田史志』には、但馬の円山川で試したものの水が適さず、南下して播磨の市川で試したところ良好な成績を示した、という記述があると紹介されています。皮を川に浸す工程がある以上、川の質が仕上がりを左右したという説明です。
これからどうなりそうか
どちらの工芸も、知名度が上がること自体が支援になる段階にあると予想します。
作り手が限られている以上、まず存在を知られなければ需要も生まれません。
15分の深夜番組ですが、こうした枠が繰り返し積み上がることの意味は小さくないはずです。
訪日客が増えるなか、外国出身のリポーターが伝える形式も今後さらに増えると見ています。
まとめ
美吉籠(みよしかご)は兵庫県三木市吉川町の竹籠。
明治18年に戸田甚之介が有馬の湯治客向けに創作したのが始まりで、編み方は正倉院の華籠を研究したものです。
姫路の白なめし革は、塩となたね油でなめす植物油なめしの革。
色は薄乳白色で、工程の多くが天日と手作業に頼ります。
共通するのは作り手がごく限られているという現実。
8月21日深夜の放送は、その現場を15分で覗ける機会になります。

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