【結論】村崎太郎さんが今いるのは栃木県日光市の「日光さる軍団」です。65歳になった今は、自分が演じるより、20歳前後の新人へ芸を渡す側に立っています。
- いまの居場所:栃木県日光市/おさるランド&アニタウン
- いまの役目:日光さる軍団の主宰と、新人の指導役
- 年齢:65歳(1961年3月10日生まれ)
- ふるさと:山口県光市
- 世に出た仕事:1988年『笑っていいとも!』の「反省」ポーズ
- 会社:株式会社太郎倶楽部 代表取締役
- 村崎太郎さんが今どこで何をしているか
- 7月26日の放送で描かれる内容の予想
- 「反省」から現在までの歩み
- 日光さる軍団と昔の日光猿軍団の関係
膝の上に手をついて頭を下げる猿。
あの「反省」を世に広めたのが、猿まわし師の村崎太郎さんでした。
テレビで見かける機会が減った分、今どうしているのか思い出せない方もいると思います。
答えは日光です。
2026年7月26日(日)14時から、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』が村崎さんの今を放送します。
副題は「就職先はさる軍団3 怒られない時代に芸を磨くということ 後編」。
放送前に、分かっている事実と、これから描かれそうな中身を予想しておきます。
【予想】65歳の村崎太郎が、今も現場を離れられない3つの事情
先に結論を書きます。
村崎さんが指導役に回ったのは、年齢のせいではなく、この仕事が「一人では畳めない」種類のものだからだと予想します。
事情を3つ挙げます。
事情1:相方の猿のほうが、先に世代交代してしまう
猿まわしは人と猿のペア芸です。
そして「次郎」という相方の名前は、一頭の猿を指す固有名ではありません。
代を継いで受け渡されていく名前で、オリコンニュースが2022年に出した特集は、見出しで「6代目」と書いています。
言い換えると村崎さんは、
相方を送り出して次の相方と組み直す経験を、何度も重ねてきた人です。
この芸は最初から「別れが前提」の設計になっているのです。
猿の側だけ代を継いで、人の側は継がないという運用は、そもそも成り立ちません。
しかも猿まわしは、一度日本から消えかけた芸でした。
Wikipediaには、父の村﨑義正さんが1977年に「周防猿まわしの会」をつくったこと、
村崎さんが1978年に初代次郎と組んで復活の担い手になったことが記されています。
自分の手で一度戻した芸を、二度目に手放す気はないはずです。
事情2:土地と建物を抱えた以上、興行を止められない
ここは経営の話です。
日光にはかつて別の会社が運営する「日光猿軍団」がありました。
Wikipediaによれば、猿の高齢化などが理由で2013年12月31日に閉園しました。
その跡地を村崎さん側の「おさるランド」が買い取り、2015年4月29日から日光さる軍団として動き出しています。
注目したいのは、前の施設が閉じた理由です。
猿がそろって年を取ると、興行そのものが立たなくなるという実例が、同じ土地の上で起きていました。
その結末を知りながら建物ごと引き受けた人が、若手の育成を後回しにするとは考えにくいです。
身一つの芸人なら、動けるうちに稼いで幕を引けます。
けれど施設を持つと、毎月の維持費が休まず出ていきます。
舞台に上がれる人の頭数が、そのまま開けられる日数の上限になる。
育成が善意ではなく計算の話になるのは、この構造のためだと予想します。
事情3:「教え方」だけは、弟子に任せられない
3つめが番組の副題そのものです。
「怒られない時代に芸を磨くということ」。
ここで詰まっているのは技そのものではなく、技を渡す手順のほうだと読めます。
マイナビニュースは2026年7月21日、前編を「怒らない時代に猿まわしの芸を教える難しさ」「厳しく指導してきた村崎太郎の苦悩」と紹介しました。
後編の紹介では、20歳の新人が相棒の猿と気持ちを通わせられず涙するくだりと、
村崎さんが覚悟を問うて立ち去る場面が挙がっています。
やさしく教えれば解決、とはいかない事情があります。
相手は言葉の通じない動物で、関係が緩めば怪我につながる領域です。
加減を間違えたときの跳ね返りが、書類仕事とはまったく違います。
そう考えると、村崎さんの今の仕事は「厳しさのうち、外してよい部分と外すと危ない部分を選り分ける」作業になります。
これは経験の少ない弟子には振れません。
昔の厳しさを体で知っている人だけが、線を引ける仕事です。
だから65歳でも現場に残る、というのが当ブログの予想です。
もちろん推測なので、放送で違う理由が語られる可能性もあります。
村崎太郎はどんな人?基本データ
| 表記 | 村﨑太郎(むらさき たろう) |
| 誕生日 | 1961年3月10日 |
| いまの年齢 | 65歳(2026年7月時点) |
| ふるさと | 山口県光市 |
| 仕事 | 猿まわし師 |
| 肩書き | 株式会社太郎倶楽部 代表取締役/日光さる軍団 主宰 |
| 大きな賞 | 平成3年度 文化庁芸術祭賞 |
検索するときは「村崎太郎」でも「村﨑太郎」でも情報が出てきます。
公式の表記は「村﨑」寄りです。
今の拠点は日光の「おさるランド&アニタウン」
村崎さんの活動の中心は、
栃木県日光市にある「おさるランド&アニタウン(日光さる軍団)」です。
2015年4月29日に開業した、猿まわしの舞台を持つ観光施設です。
おさるランドの公式プロフィールには、
舞台や全国公演と並んで「後進の育成にも力を入れ、多くの猿まわし芸人を育てた」と書かれています。
あわせて人権問題をテーマにした講演を全国で行っていることも紹介されています。
整理すると、今の村崎さんは演者だけではありません。
施設を回す経営者、弟子を持つ師匠、講演に立つ語り手、そして書き手。
役目が4つ重なっている状態です。
「反省」から今日までの歩み
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1961年 | 山口県光市で誕生 |
| 1977年 | 父・村﨑義正が「周防猿まわしの会」を結成 |
| 1978年 | 17歳で初代次郎と組む(公式プロフィール表記) |
| 1980年 | 上京し銀座で大道芸 |
| 1981年 | 国立劇場の舞台へ |
| 1988年 | 『笑っていいとも!』の「反省」で一気に知られる |
| 1991年 | 文化庁芸術祭賞、ACCフェスティバル優秀賞 |
| 1992年 | アメリカへ。リンカーン・センター公演 |
| 1995年 | 中国公演 |
| 1996年 | 「次郎おさるランド」開業 |
| 2015年 | 4月29日、日光さる軍団スタート |
7月26日放送の基本情報
| 日付 | 2026年7月26日(日) |
| 時間 | 14:00〜14:55 |
| 局 | フジテレビ |
| 番組名 | ザ・ノンフィクション |
| 副題 | 就職先はさる軍団3 怒られない時代に芸を磨くということ 後編 |
密着先は日光さる軍団に入った新人たちです。
番組情報では師匠の村崎さん(65)と、20歳前後の若手が登場するとされています。
相棒の猿と噛み合わず悩む若手の姿と、新人発表会の舞台が軸になります。
シリーズは3作目です。
同じ職場を年をまたいで追う形なので、過去作を見ていなくても今回の新人から追いかけられます。
よくある質問
村崎太郎さんは今どこにいますか?
栃木県日光市の「おさるランド&アニタウン(日光さる軍団)」を拠点にしています。
全国公演や講演で各地にも出ています。
年齢は何歳になりましたか?
1961年3月10日生まれなので、2026年7月時点で65歳です。
番組の紹介でも65歳とされています。
あの「反省」の猿は今も出ているのですか?
1988年に人気になったのは初代次郎です。
「次郎」は代を継ぐ名前で、オリコンニュースの2022年の特集は見出しで「6代目」と伝えています。
同じ個体がずっと舞台にいるわけではありません。
昔の日光猿軍団とは別ですか?
別の運営です。
以前の「日光猿軍団」は2013年12月31日に閉園し、
その土地と建物を村崎さん側が買って2015年に開業したのが「日光さる軍団」です。
名前は近いですが会社が違います。
結婚はしているのですか?
Wikipediaでは2007年7月9日に栗原美和子さんと結婚し、2015年3月に離婚と記載されています。
その後については公表された情報が見つかりませんでした。
なぜ「怒られない時代」という題なのですか?
厳しく育てられた師匠が、今の若い世代へどう教えるかを扱っているためです。
マイナビニュースも前編を「怒らない時代に猿まわしの芸を教える難しさ」として紹介しています。
まとめ
- 村崎太郎さんの現在地は栃木県日光市の日光さる軍団
- 65歳の今は、20歳前後の新人へ芸を渡す指導役
- 現場に残る理由は、相方の代替わり・施設の維持費・教え方の線引きだと予想
- 放送は2026年7月26日(日)14時、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』
「反省」で名前が知られた人が、
今は言葉の通じない相棒と、若い弟子のあいだに立っています。
7月26日の放送で、その現在地を確かめられます。

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