【結論】次田展之さんは神奈川県生まれの53歳・日本大学医学部出身。学生のうちに空へ進み、そのまま医師の仕事も手放さなかった人です。
- 誕生は1973年1月、神奈川県
- 学生時代に免許を取るためだけに渡米している
- 師匠は米国のエアショーパイロットショーン・タッカー氏
- 飛行チーム「エアロック」に入ったのは2002年
- 島の診療所は百島・佐木島・岩城島の3か所
- 意外な一面として柔術・総合格闘技が趣味
- 何歳で、どこの大学を出た人なのか
- 空と医療、どちらが先だったのか
- 働いてきた病院とクリニックの並び
- パイロット一本にしなかった理由の予想
- ネット上の情報で食い違っている箇所
ドキュメンタリー番組「情熱大陸」が、
2026年8月9日(日)よる11時15分の回で次田展之(つぎた のぶゆき)さんを取り上げます。
サブタイトルは「空を飛び 島民の命を守る 瀬戸内海の“フライングドクター”」。
肩書が「診療所医師・パイロット」と2つ並んでいるので、
放送前から「この人は結局どっちの人なの?」と気になっている方が多いようです。
公式に出ている情報だけを使って、順を追って整理してみます。
【予想】なぜ医師を辞めてパイロット一本にしなかったのか
ここからは当ブログの予想です。
次田さんの経歴を眺めていて一番不思議なのは、
「二足のわらじを履き続けたこと」ではなく「空一本に絞る道が何度もあったのに、絞らなかったこと」です。
ここには理由があると見ています。
見立て1:飛ぶ費用を自分で稼ぐ必要があった
身も蓋もない話ですが、飛行機は所有も維持もお金がかかります。
格納庫の使用料、整備、燃料、保険。
曲技飛行ともなれば機体そのものが特殊です。
日本国内でエアショーだけを収入源にするのは、
興行の数を考えるとかなり厳しいはずです。
医師という仕事は、その費用を安定して支えられる数少ない職業でした。
空を続けたいなら医師は辞められない。
そういう構造だったのではないかと予想します。
見立て2:勤務先の選び方に「飛ぶ日を確保する意図」が透けている
公式のプロフィールに並ぶ勤務先はこの順番です(情熱大陸公式サイト)。
- 日本大学医学部附属板橋病院に入局
- 帝京大学医学部附属市原病院
- 湘南第一病院
- サガミホームクリニック 副院長
- 2011年 百島診療所を開設
大きな病院から始まって、在宅医療、そして自分の診療所へ。
後ろへ行くほど、勤務日を自分で決めやすくなる並びです。
飛行チーム「エアロック」に所属した2002年前後は、まだ病院勤務の時期にあたります。
この頃から働き方の設計が始まっていた、と読むこともできます。
見立て3:離島の診療所こそが2つを1つにする答えだった
最後の一手が離島だったのが決定的だと思っています。
橋のない島に診療所を持てば、飛ぶことが趣味ではなく業務そのものになります。
実際、2026年5月11日に3つ目の岩城島診療所が開業した日は、佐木島で診療を終えてからヘリで岩城島へ移動したと診療所のブログに記録されています(百島診療所日記)。
診療所の開設年は2011年、2018年、2026年。
7年、8年という間隔です。
急いで増やしていないのは、1人と1機で無理なく回せる数を守っているからだと予想します。
基本情報まとめ
| 読み方 | つぎた のぶゆき |
| 誕生 | 1973年1月/神奈川県 |
| 年齢 | 53歳(2026年8月時点) |
| 学歴 | 日本大学医学部 |
| 現在 | 心海会 理事長、3診療所の院長 |
| 好きなこと | 柔術、総合格闘技 |
年齢の根拠は2つあります。
ひとつは番組公式の「1973年1月 神奈川生まれ」という記載。
もうひとつが、2026年7月6日の日本経済新聞「人間発見」で53歳と紹介されている点です(日本経済新聞)。
別々の媒体で数字が合っているので、ここは信頼できます。
空が先、医療が後だった
ここが一番おもしろいところです。
次田さんは医師になってから趣味で飛び始めた人ではありません。
| 順番 | できごと |
|---|---|
| 1 | 医学部の学生として、免許取得のため渡米 |
| 2 | 現地でアクロバット飛行を見て衝撃を受ける |
| 3 | ショーン・タッカー氏に弟子入り |
| 4 | 帰国後、日本大学医学部附属板橋病院に入局 |
| 5 | 2002年、飛行チーム「エアロック」へ |
免許の取得年については、
日本経済新聞の連載3回目で1995年・カリフォルニアと紹介されています(日本経済新聞)。
生まれ年から計算すると、ちょうど22歳前後です。
そして師匠のショーン・タッカー氏は、
複葉機で低空の宙返りや急上昇を見せることで知られる人物。
趣味の域ではなく、見せる技術を教わっているわけです。
3つの島と、3つの開設年
| 開設 | 診療所 | 場所 |
|---|---|---|
| 2011年 | 百島診療所 | 広島県尾道市 |
| 2018年 | 佐木島診療所 | 広島県三原市 |
| 2026年5月11日 | 岩城島診療所 | 愛媛県越智郡上島町 |
共通点はどの島も本州・四国と橋でつながっていないこと。
島の人が病院に行くには、まず船に乗らなければなりません。
そこへ空から通う医師が現れた、という構図です。
気をつけたい情報の食い違い
法人の正式名称が3通りある
「心海会」という名前は共通ですが、頭につく法人格が資料でばらついています。
| 出どころ | 書かれ方 |
|---|---|
| 法人の公式サイト | 社会医療法人心海会 |
| 情熱大陸のプロフィール | 医療法人心海会 |
| 医療機関の検索サイト | 医療法人社団心海会 |
救急のドクターヘリとは別物
「フライングドクター」と聞くと救急搬送を思い浮かべますが、
次田さんの飛行は診療所を開けるための移動です。
患者さんを乗せて運ぶための飛行ではありません。
家族の話は裏が取れなかった
結婚やお子さんについて触れているサイトもありますが、
公式・報道のいずれでも確認できませんでした。
当ブログでは書きません。
Q&A
Q1. 何歳ですか?
1973年1月生まれで、放送日の2026年8月9日時点では53歳です。日本経済新聞の紹介文とも一致しています。
Q2. 大学はどこ?
日本大学医学部です。卒業後は同大学の附属板橋病院に入局しています。学生時代に渡米してパイロット免許を取ったのもこの在学期間中です。
Q3. 本当に自分で操縦しているの?
はい。番組の予告では、自ら操縦桿を握っておよそ10キロ先の離島へ飛ぶ場面が紹介されています。診療所のブログにもヘリで島を移動した記録が残っています。
Q4. エアロックとは?
日本のアクロバット飛行チームです。次田さんは2002年に所属し、エアショーパイロットとして活動していたと公式プロフィールに書かれています。
Q5. 診療所は何時から開いていますか?
公式サイトによると、百島診療所は月・火・木・金の14時〜16時、佐木島診療所は月・火・水・金が10時〜12時、木曜が9時〜11時です。木曜の佐木島はJA尾道総合病院の医師が担当します。
Q6. 放送日時は?
2026年8月9日(日)23時15分〜23時45分、TBS系での放送予定です。制作はMBS毎日放送、回数はVol.1414です。
放送後はどうなる?
2026年に入ってから、次田さんの取材は明らかに増えています。
5月の岩城島診療所の開業では読売新聞(愛媛版)と愛媛新聞が記事にし、
NHKの地域番組でも紹介されました。
7月には日本経済新聞の連載インタビューが掲載されています。
診療所のブログによると、情熱大陸の話自体はもっと前からあり、岩城島の開業に合わせて受けることにしたとのこと。
撮影は2026年4月の開所準備から始まっていたようです。
放送後に話題が向かうのは、「この仕組みは他の島でも真似できるのか」という点だと予想します。
岩城島の診療所は、上島町が運営者を公募したところへ心海会が手を挙げて実現しました。
この方式が広がるかどうかが次の見どころです。
もちろん予想なので、違う方向へ進む可能性もあります。
おわりに
次田展之さんは、1973年1月生まれ・神奈川県出身の53歳。
日本大学医学部の学生だった時期に、免許取得のためアメリカへ渡りました。
そこでアクロバット飛行と出会い、ショーン・タッカー氏に弟子入りしています。
帰国後は板橋病院に入局し、2002年には飛行チーム「エアロック」へ。
市原病院、湘南第一病院、サガミホームクリニック副院長を経て、2011年に百島診療所を開設しました。
2018年に佐木島、2026年に岩城島が加わり、現在は3診療所です。
この記事では「空を続けるために医師を辞めなかったのでは」という予想を書きました。
答え合わせは8月9日の放送で。

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