【結論】麻生要一郎さんのお弁当には店名も看板もありません。それでも依頼は人づてに増え続けました。
- 始まりは「時間があったら作ってよ」という友人の一言
- 本人いわく「ただキッチンを作っただけ」で屋号はなし
- 青菜の種類まで伝えるため、毎回紙に品書きを書いていた
- 使う道具は鳩居堂の便箋と呉竹の筆ペン
- 雑誌に大きく載ったあと、依頼が一気に増えた
NHK「ネコメンタリー」に登場する麻生要一郎さん。
お弁当で知られた料理家ですが、実はお店を持っていません。
ネットで検索しても、注文ページは出てきません。
ではどうやって、撮影現場や舞台にまで届く存在になったのか。
本人が連載に書いた文章から、順にたどってみます。
- お弁当作りが始まったきっかけ
- 店を構えなかった経緯
- 御品書に使っていた道具と書いた内容
- 1つ仕上げるまでの3日間の段取り
【予想】なぜ店を構えないまま続けられたのか
ここからは編集部の予想です。
料理で評判を取れば、普通は店を出すという話になります。
ところが麻生さんは、屋号すら付けませんでした。
それでも仕事は途切れず、著書まで出ています。
この形が成り立った背景を考えてみます。
予想としては、
「注文する人」と「作る人」の距離が最初から近すぎたからだと見ています。
間に店舗を挟む必要が、そもそも生まれなかったという見立てです。
そう考える材料を8つ並べます。
材料1:出発点が仕事ではなかった
母を看取り、高齢姉妹の養子に入った時期のことです。
麻生さんは「ごはんを作っていればどうにか生きていけるかな?」という状態で、時間を持て余していたと振り返っています(ウェルビーイング100 by オレンジページ)。
開業の計画があったわけではありません。
友人が見兼ねて声をかけたのが最初でした。
材料2:頼んだのが顔見知りだった
最初の依頼主は編集者の友人です。
見知らぬ客ではありません。
お互いを知っている相手なら、契約書もメニュー表も要らない。
店の機能を、関係が肩代わりしていたと言えます。
材料3:次の客も「その場にいた人」だった
五反田のハウススタジオに届けたあと、撮影に居合わせた別の人からメールが来ます。
さらにその人の周りへ。
麻生さんはこれを「数珠繋ぎ」と表現しています。
客が客を連れてくるなら、集客の看板は不要です。
材料4:紙一枚が説明係になっていた
店なら、お品書きは壁に貼ります。
麻生さんはそれをお弁当に同封しました。
きっかけは、おひたしの青菜が小松菜かほうれん草か分からないと相手に迷惑がかかるという配慮です。
店舗の役割を、手書きの紙が担っていたことになります。
材料5:その紙が捨てられなかった
ここが面白いところです。
御品書を冷蔵庫に貼っていたという人が何人もいた、と麻生さんは驚きを書いています。
普通、包装の紙は食べたら捨てます。
捨てられずに残った紙は、台所に置かれた小さな看板のように働いたはずです。
材料6:厳しい人が保証してくれた
南青山にあったDEE’S HALLの主宰・土器典美さんが褒めたことが大きな節目になります。
麻生さんは土器さんを、料理本を何冊も出す料理上手で、「絶対にお世辞で褒めたりしない」人だと書いています。
看板がなくても、人が保証人になれば信用は立つという例です。
材料7:雑誌が結果的に広告になった
スタイリストのchizuさんと編集者のPさんに「銀座のスタジオに2つ持って来て」と言われ、麻生さんは昼ごはん用だと思って出かけました。
実際はお弁当特集の撮影で、弁当が主役。
掲載号では名店を差し置いて1ページに大きく写真が出ました。
広告費をかけずに、雑誌の誌面が宣伝の役目を果たした形です。
材料8:作り方が店に向いていない(ここは推測)
ここからは推測になります。
麻生さんのお弁当は前々日の買い出しから当日の揚げ物まで3日かかります。
この段取りは、毎日決まった数を出す店舗営業とは相性がよくありません。
店にしなかったのではなく店にできない作り方だった可能性もある、と見ています。
ただし本人がそう述べた記述は見当たりません。
以上はあくまで編集部の予想です。
店を持たない理由について、麻生さんの説明は確認できていません。
本人が書いているのは「僕の料理は、誰かの役に立ちたいということが原点にある」という言葉です。
お弁当が知られていくまで
連載に出てくる出来事を時系列にします。
すべて麻生さん本人が書いた内容です。
| 場面 | 内容 |
|---|---|
| 声かけ | 編集者の友人が「時間があったら、来週の撮影の時お弁当作ってよ」と依頼 |
| 初回 | 近所のパッケージ屋で弁当箱を買い、いつものおかずを詰めて五反田へ |
| 拡大 | 撮影に居合わせた人から次の依頼。以後、人づてに連鎖する |
| 後押し | 土器典美さんが評価。展示設営や打ち上げでも呼ばれるように |
| 拡散 | 雑誌のお弁当特集に1ページ掲載され、依頼が殺到 |
お弁当そのものはお取り寄せできません。
一方で、同じ考え方で作られた家庭料理は著書にレシピとして載っています。
味のほうが気になった方は、本から入るのが早道です。
▼ 麻生要一郎さんの著書はこちらから
※価格や在庫は変わります。詳しくはリンク先をご覧ください。
御品書に使っていたもの
麻生さんのお弁当を語るうえで欠かせないのが御品書です。
道具と書いていた内容が、連載にはっきり書かれています。
| 項目 | 連載に書かれている内容 |
|---|---|
| 紙 | 鳩居堂の便箋 |
| 筆記具 | 呉竹の筆ペン |
| 書いた内容 | 日付/品名/屋号に似せた「麻生」の署名 |
| 始めた理由 | 青菜が小松菜かほうれん草か分からないと相手に迷惑がかかるため |
| 書く頻度 | 毎回、手書き |
| 受け取った側の反応 | 冷蔵庫に貼っている人が何人もいた |
麻生さんはこの2つを「僕の必須アイテム」と表現しています。
料理道具ではなく、文房具が必須という点が独特です。
仕上げるまでの3日間
お弁当を詰める作業について、麻生さんは「なかなか手間がかかる事なのだ」と書いています。
段取りは3日に分かれます。
| 日程 | 作業 |
|---|---|
| 2日前 | 買い出し。足りない食材を求めて何軒も回る |
| 1日前 | お浸しと煮物を作っておく |
| 当日 | 揚げ物と焼き物を仕上げて詰める |
本人の言葉では「食べるのは、一瞬だけど、完成するまでには結構な時間と手間がかかって」となります。
届け先が撮影や舞台である以上、時間厳守という条件も重なります。
間違えられやすいところ
| よくある思い込み | 実際に確認できること |
|---|---|
| 弁当店を経営している | 本人は「ただキッチンを作っただけ」「屋号も何もない」と記述 |
| 店頭で購入できる | 撮影現場やイベントへの配達・ケータリングが中心。店頭販売は確認できない |
| SNS広告で有名になった | 広告の記述はなく、依頼者の紹介が連鎖した経緯が書かれている |
| 雑誌側に営業をかけた | 昼食用と思って持参しており、特集撮影とは知らなかった |
Q&A
Q1. 個人でも注文できますか?
一般向けの受付方法は公表されていません。
連載に書かれているのは撮影現場やイベントへ届ける形です。
現在受注しているかどうかは、公開情報からは分かりません。
Q2. お店の名前は何といいますか?
店名にあたるものはありません。
麻生さん自身が「屋号も何もない」と書いています。
御品書には屋号の代わりに「麻生」とだけ記していました。
Q3. 中身はどんな料理ですか?
連載に出てくるのはお浸し・煮物・揚げ物・焼き物です。
「普段作っているおかず」を詰めたと書かれており、特別な献立ではありません。
同じ記事には卵焼きのレシピも載っています。
Q4. 届け先はどこでしたか?
オレンジページの紹介では雑誌やアパレルの撮影現場、舞台、コンサート会場などです。
最初の届け先は五反田のハウススタジオでした。
のちに銀座のスタジオにも届けています。
Q5. 土器典美さんはどんな方ですか?
南青山にかつてあったDEE’S HALLの主宰です。
麻生さんは、料理本を何冊も出版する料理上手で食に携わる友人も多い人だと書いています。
お弁当を知った場は、麻生さんのパートナーである英治さんが営んでいた書店HADEN BOOKS:での販売会でした。
Q6. 番組ではお弁当を見られますか?
2026年8月21日(金)のNHK Eテレ「ネコメンタリー」は、麻生さんと愛猫チョビを描く回です。
紹介文は「料理と言葉と、そしてかけがえない相棒、愛猫チョビとの時」とされています。
お弁当がどの程度映るかは、放送を見るまで分かりません。
おわりに
麻生要一郎さんのお弁当には、店名も看板もありませんでした。
友人に頼まれた1個から始まり、受け取った人が次の人へ渡していく形で広がっていきます。
頼む人と作る人の距離が近く、店を挟む必要がなかったのではないか、というのが編集部の予想です。
その距離を支えたのが、毎回書かれた手書きの御品書でした。
2026年8月21日(金)22時30分から、NHK Eテレ「ネコメンタリー」で放送されます。

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