【結論】板井三那子さんは福岡県で1994年に生まれ、広島の美術大学へ進んだ造形作家です。
- 名前の読みはいたい・みなこ
- 生まれは1994年・福岡県。父母は音楽と地質学の人
- 高校時代から人体像を作っていた
- 広島へ移ったのは大学進学がきっかけ
- いま暮らすのは約4,500戸規模の巨大団地
- 福岡から広島へ移るまでの足取り
- 自治会長という肩書きを選んだ背景の予想
- 手がけてきた作品のならび
- 放送日と、視聴前に知っておきたい注意点
NHK総合の「Dearにっぽん」で、広島の団地に暮らす一人の女性が取り上げられます。
放送は2026年8月23日(日)午前8時25分から。
回のタイトルは「“わやな町”に生きて〜広島 若き自治会長の奮闘記〜」。
登場するのが板井三那子さんです。
自治会長といえば、地域の年長者が担うイメージが強い役割でしょう。
その席に、大学院で美術を学ぶ人が座っている——ここが、この回の面白さです。
【予想】団地の役職を引き受けた背景を読む
ここからは編集部の予想です。
先に答えを書いておきます。
板井さんが自治会長を引き受けたのは、そこが「作る場所」だったからだと予想しています。
善意で地域を助けに入ったのではなく、制作者として必要だったから中に入ったという読み方です。
根拠にあたる材料を、6つに分けて並べます。
材料1:学部時代から手法が「対話」だった
公開されている略歴には、2013年の入学以降「対話をベースにした地域での芸術実践」を続けてきたとあります(TD)。
アトリエにこもるタイプの作り手ではありません。
人と会うこと自体が制作の工程に組み込まれています。
材料2:入り口が使い捨てカメラだった
団地との接点は、先輩に誘われて出向いた朝のラジオ体操でした。
そこに集まっていた高齢者の一人へ、板井さんは使い捨てカメラを手渡します。
1週間後、そのカメラには多国籍な日常が写っていたそうです。
最初の一歩がお手伝いではなく撮影の依頼だった点は見逃せません。
材料3:外から通わず、内側に引っ越した
板井さんが団地の部屋を借りたのは2019年のこと。
放送のある2026年から数えると7年目の住民にあたります。
住民票のない人間に自治会長は務まりません。
暮らしが先、肩書きが後という順序がはっきりしています。
材料4:作風が「なりきる」ものである
本人は自分のやり方を「憑依芸」と呼んでいます。
町で出会った人になりきり、口調ごと再現するという表現です。
2021年の《爆ド宮島汽水航路》では、原爆ドームを「爆ド」と略す被爆者の男性や、駅前でラップする若者が登場しました。
短い取材では絶対に届かない距離感が前提になっています。
材料5:勤務先が「橋渡し役を育てる」組織
板井さんはHACH(広島芸術都市ハイヴ)の職員でもあります。
広島市立大学が文化庁の助成で運営する事業で、芸術と市民をつなぐメディエーターの育成を掲げています。
人に教える立場なら、自分が先に実践している必要があります。
自治会長ほど分かりやすい実践例はない、と予想します。
材料6:記録では残らないものを追っている
印象的な証言があります。
被爆体験のある人と二人で話していると笑い話も出るのに、カメラを構えた瞬間に語り口が変わる——板井さんはそう述べています。
取材者のままでは越えられない壁があるという実感でしょう。
ならば隣人になるほかない。役職はその手段だったと考えられます。
ここまでは公開情報からの予想であり、本人が明かした理由ではない点をお断りしておきます。
福岡から広島へ——年表で追う
公表されている足取りを時系列に並べます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1994年 | 福岡県で誕生。父母は音楽家と地質学者 |
| 2010年 | 福岡県立太宰府高等学校へ進学。人体像の制作を開始 |
| 2013年 | 広島市立大学芸術学部へ。ここで広島へ移る |
| 2019年 | 大学院 芸術学研究科 造形芸術専攻 博士前期課程を修了 |
| 2019年 | 市営基町高層アパートへ入居 |
| 2022年度 | 団地の自治会長を引き受ける |
この表で目を引くのは2010年の行です。
高校入学の年にすでに人体像を作りはじめていると記録されています。
学部での専攻は彫刻。
現在は総合造形芸術の博士後期課程に籍を置き、公民館・公園・神社・河川敷など屋外の公共空間を主な舞台にしています。
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これまでに発表した展示
公表されている代表的な展示を挙げます。
| 開催年 | タイトル | 場所 |
|---|---|---|
| 2022年 | サイバー獅子舞DJ | 横川商店街劇場 |
| 2021年 | 爆ド宮島汽水航路-コロナ禍における遊びのブンカケン- | アートギャラリーミヤウチ |
| 2020年 | 「基町文化研」展 | オルタナティブスペースコア |
並べてみると、獅子舞・汽水・文化研と、どれも土地にもとからある言葉です。
新しい概念を持ち込むのではなく、あるものに別の名札をつけ直す作り方だと分かります。
2023年には、団地の地下倉庫で発見した古い神輿をヒントにした展示装置も披露されました。
視聴前の注意点:この回は再放送です
ひとつだけ、先にお伝えしておきたいことがあります。
8月23日の放送は新作ではなくアンコール放送です。
NHKの番組ページには、この回の初回放送日が2025年10月12日(日)と記載されています(NHK)。
したがって画面に出る年齢や肩書きは2025年秋のものという前提で見る必要があります。
番組内で「30」と表示されるのも、その時点の数字です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組 | Dearにっぽん(NHK総合) |
| サブタイトル | “わやな町”に生きて〜広島 若き自治会長の奮闘記〜 |
| 今回の放送 | 2026年8月23日(日)8:25〜8:50 |
| 深夜の再放送 | 2026年8月27日(木)1:35〜2:01 |
| ナレーション | milet |
| 初回放送 | 2025年10月12日(日) |
タイトルの「わや」は中国地方などで使われる言い方で、手がつけられない・ぐちゃぐちゃといったニュアンスを持ちます。
よくある質問
Q1. 名字はなんと読みますか?
「いたい」と読みます。フルネームではいたい・みなことなります。
Q2. 年齢はいくつですか?
公表されているのは1994年生まれという点までです。番組の「30」という数字は2025年10月の初回放送時のもの。誕生月が分からないため、当サイトでは現在の年齢を断定しません。
Q3. 生まれはどこですか?
福岡県です。母校は福岡県立太宰府高等学校。広島へ移ったのは大学進学のタイミングでした。
Q4. ご両親はどんな人ですか?
略歴に「音楽家と地質学者の間に生まれる」と記されています。芸術と自然科学が同居する、珍しい家庭環境だったことになります。氏名などは公表されていません。
Q5. まだ大学院にいるのですか?
取材の時点では博士後期課程に在籍中でした。2026年8月現在も在籍しているかどうかは公表されていません。
Q6. 今も自治会長ですか?
就任は2022年度と記録されていますが、現在も継続中かは確認できませんでした。この団地の自治会はエレベーター単位で17に分かれており、役員は交代していきます。
Q7. どんな団地に住んでいるのですか?
広島市中区の市営基町高層アパートです。戦後の復興事業として計画され、1978年に完成しました。屋上庭園や人工地盤を備えた、建築の分野でも知られた建物です。
Q8. 作品を見に行けますか?
団地内のギャラリーUnité(ユニテ)などで展示が行われています。各拠点の開所は原則木曜から日曜の12時〜17時。日程は基町プロジェクトの公式サイトでご確認ください。
これから起きそうなこと
この団地は、いま姿を変えつつあります。
17号棟は建て替えが決まり、広島市は中層棟を廃止する方針も打ち出しました。
そうした状況で板井さんが語っていたのが「まちの美しい終わらせ方」という考え方でした。
保存か解体かではなく、その中間を探るという発想です。
2026年9月10日〜13日には、Unitéで「基町ののこし方」という展示が予定されています。
放送を見て気になった人が、実際に現地へ行ける機会がすぐに用意されていると予想します。
まとめ
板井三那子さんは1994年に福岡県で生まれた造形作家です。
高校時代から立体を作り、2013年に広島市立大学芸術学部へ進みました。
2019年に市営基町高層アパートへ移り住み、2022年度から自治会長に。
あわせてHACHの職員として、芸術と地域をつなぐ人材づくりにも携わっています。
放送は2026年8月23日(日)朝8時25分から。
初回は2025年10月12日で、今回はその再放送である点だけご注意ください。

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