【結論】髙橋義弘さんは京都の老舗料亭「瓢亭」を継いだ15代目です。
- 生まれは1974年の京都
- 進んだ先は調理師学校ではなく経営学部
- 修行したのは京都ではなく金沢
- 当主になったのは40歳前後
- 店の歴史は400年余り
- 生まれから当主就任までの流れ
- 回り道の順番についての予想
- 食育で伝えていること
- 放送日と紹介されるレシピ
Eテレ「きょうの料理」で「京料理人のモダン和ごはん」が放送されます。
日時は2026年8月26日(水)午後9時から。
作るのは鶏肉のカレー香味焼き きゅうりソース。
教えてくれるのが髙橋義弘(たかはし・よしひろ)さんです。
京都の老舗料亭を継いだ人が、なぜカレー風味の鶏肉を作るのか。
その背景を、経歴からたどってみます。
【予想】回り道の「順番」に意味がある
ここからは編集部の予想です。
髙橋さんの歩みを並べると、少し変わった順序が見えてきます。
経営学 → 金沢で修行 → 実家で修行 → 当主就任。料理の学校は入っていません。
この並びは偶然ではなく、店を継ぐために逆算された順番だと予想します。手がかりを5つ挙げます。
手がかり1:日常がすでに厨房だった
髙橋さんは、家に帰るとすり鉢でゴマをする香りが漂い、料理人たちの包丁さばきを見られる環境だったと語っています(ZENB)。
6歳の頃から店にいる料理長がいるとも話しています。
基本を見て覚える時間は、進学より前にたっぷりあったわけです。
手がかり2:継ぐのは技術だけではない
当主の仕事には、仕入れ・人の配置・値付け・店の運営が含まれます。
400年続いたということは、その年数ぶん商売が回ってきたということでもあります。
経営学は、その部分を引き継ぐための備えだったと予想します。
手がかり3:あえて京都を離れている
大学を出た後に向かったのは、石川県金沢の割烹「つる幸」。
ここで3年を過ごしました。
加賀は京都とは別の食文化を持つ土地です。
外から自分の家の料理を眺める時間になったと考えられます。
手がかり4:戻ってもすぐには継いでいない
京都に帰った後も、父・英一さんのもとで修行を続けました。
15代目就任は2015年です。
1974年生まれなので、当主になったのは40歳前後。
急がずに段階を踏んだことが分かります。
手がかり5:説明する仕事を早くから持っていた
2004年にはNPO法人日本料理アカデミーの設立に関わっています。
当主就任より11年も前のことです。
子どもへの食育や海外シェフとの交流は、厨房の外で言葉にする力を要します。
ここでも経営学の下地が効いていると予想します。
ここまでは公開情報からの予想であり、本人が語った理由ではありません。
年表でたどる歩み
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1974年 | 京都府で誕生。14代当主・髙橋英一さんの長男 |
| — | 京都で育ち、東京の大学へ。学んだのは経営学 |
| 大学卒業後 | 金沢の割烹「つる幸」で3年間の修行 |
| — | 京都へ戻り、父のもとで修行を続ける |
| 2004年 | NPO法人日本料理アカデミーの設立に関わる |
| 2015年 | 瓢亭15代目当主に就任 |
表記は「髙」(はしごだか)が使われることが多く、媒体によっては「高橋義弘」と書かれます。
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食育で伝えていること
髙橋さんが長く続けているのが食育です。
子どもたちに教えるのは、お椀の食べ方、出汁の引き方、季節の献立など。
狙いについては「子供たちへ良い食がおいしい記憶とともに伝われば、それを与える親世代も自然と巻き込んでいける」と説明しています。
作法のとらえ方も独特です。
髙橋さんは礼儀作法を、堅苦しい決まりではなく「食事をもっとおいしく味わう知恵」だと言います。
例に挙がるのがお椀。
蓋を開けて香りを感じ、両手で持ってすする。すすると空気が入って温度が下がるため、出汁の香りと風味がより立つという理屈です。
放送の内容
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組 | きょうの料理(NHK Eテレ) |
| シリーズ名 | 京料理人のモダン和ごはん |
| この回のレシピ | 鶏肉のカレー香味焼き きゅうりソース |
| 放送 | 2026年8月26日(水)21:00〜21:25 |
番組の案内文では、このシリーズを「和食の魅力はそのままに、自由な発想で新しい和ごはんを提案する」ものと紹介しています。
今回は残暑で疲れがちな夏の終わりに元気が出るレシピという位置づけです。
よくある質問
Q1. 読み方を教えてください
たかはし・よしひろです。「髙」は、はしごだかが使われます。
Q2. 年齢はいくつですか?
公表されているのは1974年生まれまでです。誕生月が分からないため、2026年時点で51歳か52歳のどちらかになります。当サイトでは断定しません。
Q3. お父さんも当主だったのですか?
はい。父の髙橋英一さんが14代当主です。義弘さんはその長男にあたります。
Q4. どこで修行したのですか?
石川県金沢の割烹「つる幸」で3年間です。その後、京都に戻って父のもとでさらに研鑽を積みました。
Q5. ご家族について知りたいです
父が14代当主であること以外、家族構成について公表された情報は確認できませんでした。裏付けが取れないため、当サイトでは扱いません。
Q6. 瓢亭はどんな店ですか?
京都市左京区、南禅寺のそばの料亭です。もとは南禅寺境内の門番所を兼ねた腰掛茶屋で、400年余りの歴史があると公式サイトが説明しています。名物は「瓢亭玉子」で、夏の「朝がゆ」、冬の「鶉がゆ」も知られます。
Q7. 東京でも食べられますか?
日比谷店があります。髙橋さんは、東京店を出したことでカウンター越しにお客と接する機会が増えたと語っています。
Q8. 食のサステナビリティについては?
京都では昔から日常に根付いている考え方だと述べています。鯛一枚をほぐし身や骨まで使い切るのは当然で、昆布が減っている今は少ない食材を取り合わず、野菜のヘタなど手元のもので別のおいしさを生むのが自然な振る舞いだといいます。
Q9. 瓢亭の店内はどうなっているのですか?
公式サイトによると、本館は一棟ずつ独立した茶室が建てられている造りです。創業当時からそのままという茅葺屋根の「くずや」、四畳半の「探泉亭」、丸窓が印象的な「新席」、足入れ席が特徴の広間と、部屋ごとに趣が異なります。一方の別館は椅子とテーブルのゆったりした空間で、庭を囲むように建てられており、年間を通して朝がゆや松花堂弁当を楽しめます。
Q10. 「作る人と食べる人」について何と言っていますか?
髙橋さんは、良い食事は店だけで作るものではないと考えています。茶道や茶懐石には亭主の手を煩わせないよう客が器を綺麗にするという所作があり、これを「客だからサービスを受ける」という依存的な姿勢の対極として挙げています。食べる側にも「自分もその場を作る一員だ」という気持ちがあれば、店側もさらに心を尽くしたくなる——というのが本人の言葉です。
これから起きそうなこと
タイトルの「モダン和ごはん」は、髙橋さんの立ち位置をよく言い表していると考えます。
瓢亭は公式のあいさつ文で、「茶懐石を基礎としながらも伝統と革新を繰り返し、今日に至ります」と述べています(瓢亭公式)。
つまり新しいことをするのは、この店にとって例外ではないわけです。
鶏肉にカレーの香りをまとわせ、きゅうりのソースを合わせる一皿も、400年分の更新の続きだと予想します。
まとめ
髙橋義弘さんは1974年に京都で生まれた料理人で、南禅寺畔の料亭「瓢亭」の15代目当主です。
東京の大学で経営学を修め、金沢の割烹「つる幸」で3年修行。
京都に戻って先代のもとで学び、2015年に店を継ぎました。
「きょうの料理」の放送は2026年8月26日(水)午後9時から、Eテレです。

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